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2022年9月25日 (日)

ウクライナに送る輸送トラックは何がふさわしいか?

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 私は一つの記事を書くとその関連項目にも興味が移るという悪い癖があります。前記事で日本もウクライナのために輸送トラックくらい援助すれば良いのでは?と書いたんですが、では何がふさわしいのか調べてみることにしました。とはいえ、私は車にもトラックにも全く詳しくないのであくまでネットで拾った程度の軽い情報です。間違っていることも多いと思いますので、お詳しい方がいらしたらご指摘お願いします。

 さて、援助するトラックで一番ふさわしいのは自衛隊が使用している輸送トラックをそのまま送ることです。現在陸上自衛隊が使用している最大のトラックは74式特大型トラック、通称7トントラックです。これは標準積載量7トン、最大10トンの積載量があります。とはいえ、自衛隊ですらぎりぎりの数で運用しているのでこれを供与することはできません。ではこれの民間バージョンである三菱ふそう・スーパーグレート(年代ごとに車種は変わっているが現在はこれ)はどうかと考えました。

 スーパーグレート単体の生産数は分からなかったんですが三菱ふそう全体のトラック生産数が年間だいたい3万台から4万台くらい。思ったより余裕がありませんね。日本の物流にも必要不可欠なので中古車もあまり余裕がなさそうです。では中古トラック全体ならどうか調べてみました。

 すると普通貨物車の中古登録車でだいたい17万台くらい、小型貨物車の中古で22万台くらいだそうです。この普通貨物車がどこまでを指すかは不明です。積載量2トンから6.5トンまでの中型貨物車のみなのか、それとも6.5トン以上の大型貨物車も含むのか?

 最悪軽トラでも助かるのでは?と素人考えで思いました。軽トラの積載量は350㎏。ちょっとした弾薬や81㎜中迫撃砲+砲弾くらいは運べると思います。81㎜中迫の重量は42㎏くらい。実は120㎜重迫撃砲も326㎏くらいなんでぎりぎり軽トラにも乗せらせそうな気はします。サイズは全く考えてません。ただ車載のままでは発射できないし、いったん降ろすことを考えると120㎜重迫は無理ですね。81㎜中迫ならもしかしたら車載のまま発射できるかもしれません。ここらあたりは軽トラの強度を知らないので何とも言えませんが…。牽引なら良いのか?ジープで105㎜軽榴弾砲くらいまでなら運べるそうだし…。もっともジープは4駆だから日本の軽トラとは違うけどね。

 結論として10トントラックはあまり援助できないが、中型、小型トラックの中古なら1万台くらいは供与できるかも?と思いました。焼け石に水かもしれませんが、ないよりはまし。もっとも泥濘期のウクライナの状況を知らないので一番理想的なのはドイツのウニモグのような4駆なんでしょうけど。というかドイツがウクライナにウニモグ援助しなさいよ!

 

※ちなみに、陸自の74式特大型トラックは4駆だそうです。ほかのスーパーグレートは違うみたい。

2022年9月23日 (金)

いよいよ追い詰められたロシア

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【速報】ロシア国防相 動員対象は2500万人、30万人程度動員


 ウクライナ戦争で劣勢が伝えられるロシア軍、プーチンはついに国民の部分的動員を発表しました。侵略した側が国民動員ってその時点で負けなんですが、プーチンはこの期に及んで核恫喝していますね。それと同時に占領地で住民投票を強行しロシア領に編入しようとしています。占領地のロシア化でウクライナ軍が領土奪還のために攻め込むとロシア領を攻撃したという論理なのでしょう。

 今まで他人ごとだったロシアの若者も自分たちが動員されるかもしれないと恐れ、フォンランドなどに逃げ出し始めているそうです。フィンランドも良い迷惑ですよ。自らが支持して選んだプーチン政権なんだから国家に殉じてウクライナの土になってくださいな。ウクライナも穢れた血などいらないでしょうが。ロシア兵の死体はすべてロシアに送り返しましょう。

 戦争開始以来、ようやく欧米の兵器が行き渡り訓練も済んで主導権を握りつつあるウクライナですが、一番の援助国であるアメリカが永遠に援助し続けてくれる保証がないため安泰ではありません。バイデン政権は信用できないのでどう転ぶか分からないからです。幸いイギリスは対ロ強硬派のリズ・トラスが首相になったのでイギリスだけは最後までウクライナを見捨てないとは思いますが、フランスもドイツも腰が引けているので心配ですね。

 ロシアの弱体化は日本の利益なので、日本ももっとウクライナ援助すべきですよ。兵器援助ができないのならガスマスクなり医療物資なり輸送車両なりそれ以外の援助を積極的にすべきです。日本政府が中古トラックを大量に買い上げ整備してウクライナに渡せば向こうも助かると思うんですがね。現代戦の根幹は情報と兵站。ロシアは輸送トラックが不足しているために鉄道沿線に補給物資を集積せざるを得ず、そこをウクライナ軍に攻撃され苦しんでいます。それを考えるとウクライナ軍の兵站維持に日本の輸送トラックは貢献できますよ。

 岸田総理は国防を真剣に考えているのか疑問ですね。自国の防衛力強化も消極的だし、潜在的敵国のロシアを弱らせるためにウクライナにいま援助すべきだという安全保障の基本中の基本も理解できてないように見えます。皆さんはウクライナに対する日本の援助、どうすべきだと思いますか?

2022年9月21日 (水)

マスゴミの狂った願望、河野太郎総理だけは絶対に阻止しなければならない!

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 以前別のマスゴミの願望で次期総理は茂木敏充幹事長だという記事が出ました。これは党内力学的にまだ理解できる。しかし毎日新聞の願望は酷いですね。1位河野太郎、3位石破茂、5位橋下徹、7位山本太郎、8位小泉進次郎と日本を滅ぼそうとする気満々です。一応アリバイ工作で4位高市早苗、6位菅義偉をあげていますが、こんな薄汚いマスゴミの願望を大嘘の世論調査まで捏造して垂れ流すんですから人間の屑、いや国賊ですよ。

 この中で石破茂は味方撃ちで自民党内で嫌われているから現実性なし。橋下もあり得ないし、山本太郎、進次郎は論外。となると毎日新聞の本命は河野太郎という事になる。マスゴミが作り上げた統一教会騒動にまんまと乗る情弱が多いからマスゴミが河野太郎を持ち上げ高市さんを貶めたら総理総裁もあり得るから怖い。

 河野太郎が防衛大臣、外務大臣の時の言動で一部の保守が持ち上げた時期はありましたが、国家観の無さ、国防意識の欠如を見せられて「この男に日本を任せたら大変なことになる」と気付いたと思うんですよ。気付かなかったら馬鹿です。私は国賊河野洋平の息子というだけで嫌悪の対象だったし、日本端子の話を聞いたことで絶対に総理にしては駄目な人物だと悟りました。

 今考えるとイージスアショア計画を一方的に破棄したのもシナの指令だったのかと疑いますね。おかげで自衛隊は2万トンという大型のイージスシステム搭載巡洋艦を計画する始末。私は鈍重な艦を作っても物の役には立たないと思いますがね。こんなのに自衛隊の人員を取られては他の運用に悪影響を与えますよ。そんな艦を造るくらいなら空母をもっと建造しろと言いたいですね。

 イージスアショアのシステムがキャンセルできないのなら計画を再開し空自の管理にしないと、海上自衛隊の負担ばかりが増えますよ。本当にいい加減にしてほしい。河野太郎は「敵基地反撃能力は古い概念」とほざきながら、その代替案も示しません。公明党の山口も同じことを言いましたね。シナの工作員だと疑われても仕方ありませんよ。こんな奴が総理になったら日本はどうなりますか?台湾有事が発生した時、岸田総理でも不安ですが河野太郎なら「日本は平和憲法があるから干渉しない」と言って放置、尖閣がシナに侵略されても「話し合いで解決」などとシナに都合の良い反応しかしないと思います。沖縄すらシナに明け渡しかねません。

 ともかく河野太郎総理だけは絶対に阻止しなければ日本は滅びます。しかしマスゴミの扇動に騙される情弱国民が多くいる間は難しいんでしょうね。本当に絶望しかないですよ。しかし何もしなければ日本は確実に悲惨なことになるので我々目覚めた国民が自分のできる範囲で真実を拡散し続けるしかないんでしょうね。

2022年9月19日 (月)

アメリカ陸軍の戦車保有定数

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 たまたま陸上自衛隊の各部隊戦車保有定数を調べていて、戦車中隊の保有定数が74式戦車以前は1個戦車小隊4両×4個+本部小隊2両で18両定数だったことを知りました。それが90式戦車になって3個小隊に減らされ14両定数になります。10式戦車になった時、一時は1個小隊3両に減らされたという話も聞きましたが、最近では90式戦車と同様1個小隊4両、戦車中隊で14両定数に戻ったそうで一安心です。

 陸上自衛隊は戦車連隊の下に大隊を挟まず中隊が直結する編制ですので、戦車連隊は5個戦車中隊で14×5の70両戦車を保有している事になります。第7師団は3個戦車連隊を持っています。ですから戦車総数は70×3で210両です。これはあくまで定数でどこまで充足しているかは分かりませんが…。

 そこで本題に入るのですが、米陸軍は機甲師団、騎兵師団、歩兵師団と一応の区分はありますが実質はすべて機甲師団です。一例をあげるとイラク戦争時の第4歩兵師団。この時同師団は44両定数の戦車大隊×5個と27両定数(他にM2/M3ブラッドレー歩兵戦闘車が多数)の機甲偵察大隊1個で247両の戦車を保有していました。これは日本唯一の機甲師団といわれる第7師団を遥かに凌ぐ強力な戦力です。米陸軍はこれを4個の旅団戦闘団に組み入れ、残りの旅団一つは攻撃ヘリ、汎用ヘリからなるヘリ強襲旅団を編成していました。

 現在では第4歩兵師団も若干減らして2個戦車大隊と1個機甲偵察大隊を一つの重旅団戦闘団(戦車定数115両)に纏めているようですが、おかげで第1機甲師団は元の強力な戦車戦力に戻ったようです(一時は他の師団に戦車大隊を抽出されていた)。2021年現在で6個戦車大隊と3個機甲偵察大隊でなんと345両の戦車保有定数があります。おそらく世界最強の機甲師団でしょう。

 日本の陸上自衛隊もせめて米軍並みに戦車戦力を充実させてほしいですね。第7師団は言うまでもなく、台湾有事を見越して西部方面隊も西部方面戦車隊に纏めるのではなく、昔のように第4師団、第8師団に1個ずつ戦車大隊を復活させてほしいと思います。米軍並みに戦車大隊定数を44両にして全体の部隊数を増やせば理想ですが。第7師団も5個戦車大隊というように。それ以外に16式機動戦闘車を主力とする機甲偵察大隊くらいは設けて欲しいですよ。米軍のように歩兵戦闘車(IFV)は要らないから装輪式の装甲兵員輸送車/装甲車で良いですから。これもストライカーのようにファミリー化した方が良いと思いますよ。あとはもっとヘリ戦力も拡充してほしいですね。

 ウクライナ戦争を受けて日本も現代戦の厳しい現実に目覚めるべきです。北海道と九州は戦車拡充、沖縄など離島には機動力のある16式機動戦闘車部隊が早く動ける態勢にしておくべきだと考えます。特亜と財務省に負けないでほしいと強く願います!

2022年9月16日 (金)

畠山重忠と惣検校職(そうけんぎょうしき)

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 マニアックな話題で申し訳ございません。大河ドラマ鎌倉殿の13人で畠山重忠が代々武蔵国惣検校職を受け継いできたという話が出ました。今回は惣検校職とは何か?について考えていきたいと思います。

 その前に大前提として当時の地方行政の話をします。律令体制下では朝廷から各国に国司が派遣されていました。国府の長官である国守(くにのかみ)、次官の介、三等官の掾(じょう)、四等官の目(さかん)です。このうち国守、介くらいは朝廷から派遣されたものの、掾や目は地方の有力豪族が任命されたケースが多かったと思います。

 そのうち、国司に任命された貴族たちも現地に赴任することを嫌がりだし、代官を派遣するようになります。これを遙任(ようにん)と呼びます。平安時代末期になると有力貴族や有力武士に知行国といって特定の国の知行権を与えるようになってきました。荘園の成立で律令体制の崩壊が始まったのですが、この知行国制度はそれに完全に止めを刺したとも言えます。

 例えば平安末期、武蔵国の知行国守は平家でした。有名どころだと平知盛。もちろん本人は現地に赴任しませんから代官を派遣しして支配しました。これを目代と呼びます。伊豆の目代山木兼隆は源平合戦で良く知られていますね。

 ところで国司が赴任しないのだから国府の行政は滞りますよね。そこで目代のもとで留守所というものが設けられました。留守所は目代を中心に在庁官人で構成され、公文書をつかさどる公文所(くもんじょ)、警察をつかさどる検非違所(けびいしょ)、徴税をつかさどる税所(さいしょ)などが置かれました。それぞれの部署の責任者を検校職と呼びます。惣検校職とはこれらの部署を統括する役目でした。国務は在京の知行国守の命を受けた留守所の下文(くだしぶみ)で執行されました。

 では惣検校職が常設の役職だったかというと、そうでもなかったようです。資料で確認されているのは大隅国で1025年。武蔵国は鎌倉時代に入った1226年です。ですから畠山重忠が惣検校職だったかは怪しいと思います。目代がいるのに惣検校職があっても無意味ですからね。

 伝承では武蔵国留守所惣検校職は秩父氏の惣領が代々受け継いできたと言われます。畠山重忠は当時の秩父氏の惣領。ですから惣検校職になっていたと説明されれば納得はできます。平安時代末期には行政権に加え現地の武士を指揮統制・動員する軍事権も持っていたと言われますから武蔵国の有力御家人畠山重忠が惣検校職なのは自然ではあります。

 しかし、大隅国は特殊事情があって(隼人など統治が難しい異民族がいた)惣検校職を設けたとすれば、武蔵国に似たような理由があったかは非常に疑問です。確認されている1226年に惣検校職だったのは河越重員(しげかず)。重員は畠山氏滅亡後秩父氏の惣領になっています。そして重員は北条得宗家の被官でした。当時、大隅国も武蔵国も国守は北条氏です。泰時(あるいはその父義時)が被官の河越重員の箔をつけるために大隅国にあった惣検校職の役職(名誉職)を与えたと考えるのが一番自然な気はします。そして河越氏が代々惣検校職を受け継いだ時に、これはもともと秩父氏惣領が受け継いできた役職だったと称したのかもしれません。

 そもそも畠山重忠が武蔵国留守所惣検校職だったとすると、比企氏全盛時代にもっと軋轢があったはずだと思うんですよ。皆さんは畠山重忠の惣検校職、どのように思われますか?

«自衛隊の継戦能力ってどれくらいなのだろうか?