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2008年11月24日 (月)

世界史英雄列伝その7「アッシュールバニパル 世界の王」

◇アッシュールバニパル ?~BC630(在位BC669~BC630)

?   アッシリア王エサルハドンの王子として生まれる。
BC668年 アッシリア王に即位。
BC667年 エジプト遠征、メンフィス攻略。
BC663年 第2次エジプト遠征。首都テーベを落とし、エジプトを征服。
BC652年 バビロニア総督である兄シャムシェルキン(シャマシュ・シェム・ウキン)が反乱を起こす。
BC648年 バビロンを攻囲のすえ落とし、反乱を鎮圧。
不明  エラム遠征、イラン高原にまで勢力を伸ばす。
BC630年? 死去。

 歴史上、最初の世界帝国を築いたアッシリア帝国、その絶頂期を作り上げたアッシュールバニパルですが、彼を含めて4代、サルゴン朝は英邁な王が続きました。現在のエジプト、シリア、イラク、イラン・トルコの一部を支配し、当時の文明世界のほとんどを手にいれました。

 簡単にアッシリアの歴史を振り返ります。もともとアッシリアは強国ではありませんでした。BC3000年ころイラク北部に東セム族アッカド系民族によって都市アッシュールが建設されました。これがアッシリアの始まりです。

 最初の苦難はメソポタミアの地を征服したアッカド王国サルゴン王の侵略でした。アッシリアの地は不毛な荒地のイメージがありますが、降水量もそこそこあって、メソポタミアのような塩害に苦しめられる事もなく意外と豊かでした。しかも黄金の三日月地帯に属しシリア方面への回廊に当たることから周囲の強国の侵略をしばしば受けました。アッシリアの民は商業に活路を見出し小アジア方面にも進出、カニシュなどの商業都市を建設し貿易に従事しました。だいたい前19世紀ごろです。

 つぎに、有名な古バビロニア王国のハンムラビ王の侵略を受けます。前15世紀には、北方からシリア方面にくだり建国した印欧語族フルリ人のミタンニ王国に征服され属国になります。

 このままだと、歴史の中に埋没する弱小国でしたが、前14世紀に登場したアッシュールウバリト王がその状況を打破します。ミタンニの西、小アジアに誕生していたヒッタイトと同盟しミタンニを滅ぼします。後にエジプト新王朝のラムセス2世とカデッシュで激突するヒッタイトですが、一時ミタンニに首都を落とされ属国になっていた時期もありました。全盛期のミタンニ王国がいかに強国だったかがわかります。

 その後アッシリアには英邁な4代の王が続きます。BC722年に即位したサルゴン2世(アッカド王サルゴンとは別人)の名をとってサルゴン王朝とよびます。

 サルゴン2世は、それまでアッシリアを悩ませてきた北方の宿敵ウラルトゥを倒し、凶暴な遊牧民キンメリア人を討ちます。次に即位したセンナケリブ王は征服以来常に反乱を繰り返すバビロニアを完全におさえます。エサルハドン王は祖父、父の2代に渡って培ってきた国力を使って当時の大国エジプトに侵攻します。その軍を率いていたのがアッシュールバニパルでした。

 しかし、完全征服するまえに、父エサルハドンの訃報を聞きます。急ぎ本国に帰ったアシュールバニパルは王位を継ぎます。しかし、ここで問題の種が発生します。アッシュールバニパルには異母兄がいました。彼が王位を継げたのは母ナキアの政治工作のおかげでした。しかし、兄シャムシェルキンの母も有力な家の出身だったのでしょう。もしかしたらバビロニアの有力諸侯の出かもしれません。兄シャムシェルキンは、バビロニア総督として、弟アッシュールバニパルに仕えることなりました。

 帝国でもっとも豊かな地方であるバビロニアを支配することになったシャムシェルキンは、次第にアッシリア全土を支配する欲望に駆られます。しかしはじめのうちは、おとなしくしていました。

 その間に、BC663年第2次エジプト遠征をしたアッシュールバニパルは、首都テーベを陥落させついにエジプトを征服します。名実ともに世界帝国となったアッシリアでしたが、シャムシェルキンは着々と反乱の準備を進めていました。そしてBC652年、ついに蜂起します。アッシュールバニパルは絶体絶命の危機に陥りました。帝国の半分にも匹敵するバビロニアが反乱を起こしたからです。

 最初は苦戦したアッシュールバニパルでしたが、バビロニアの諸都市に使いを送り内通させる事に成功します。形成は次第にアッシュールバニパルが優位になりました。シャムシェルキンは首都バビロンに篭城しましたが、BC648年ついに陥落します。帝国を二分した反乱は、ここにようやく平定されました。

 アッシュールバニパルは、ひそかにシャムシェルキンを援助していたイラン西部の強国エラムに侵攻しこれを滅ぼします。このときイラン高原の諸国がアッシリアに貢納するようになりますが、そのなかの小国に後に世界帝国を築くアケメネス王国がありました。当時の王はキュロス1世。その子孫でオリエント世界を統一するのは、奇しくも同じ名のキュロス2世でした。

 アッシュールバニパルは戦争だけに明け暮れていたわけではありません。有名なニネベ図書館を建設しました。後に図書館の何十万点にも及ぶ楔形文字で書かれた粘土板が発掘され、当時の歴史が解明されました。

 世界帝国アッシリアの発展は、その軍事力にありました。歩兵、騎兵、戦車部隊のほかに専門の工兵部隊まで有し攻城戦に活躍しました。その勢力は10万人とも伝えられています。帝国各地に要塞を築き、圧政をしきました。反抗するものは徹底的に弾圧し、みせしめに虐殺しました。そんな無理な体制が長続きするはずがありません。アッシュールバニパルの死後帝国は急速に瓦解します。カルディア人がバビロニアの地に新バビロニア王国を建国。イランにもメディア王国が独立し、両者の連合軍に攻撃され世界帝国アッシリアは滅亡します。
 それは、アッシュールバニパルの死後、わずか20年後のできごとでした。

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