世界史英雄列伝その1「アブドル・ラフマーン1世」
◇アブドル・ラフマーン1世 731~788(即位756~788)
731年 ウマイヤ朝第10代カリフ、ヒシャームの孫としてダマスカスで生まれる。
750年 アッバース家によるウマイヤ朝一族の大虐殺から逃れモロッコに逃亡。
756年 母の実家ベルベル族とウマイヤ朝旧臣の援助を受けイベリア半島に侵入。
現地のアッバース朝総督を倒し、コルドバでアミールに即位。後ウマイヤ朝を開く。
771年~778年? フランク王国カール大帝の侵攻をうけるも撃退。
ローランの歌で有名
778年 58歳で死去
カリフ一族の子として生まれ、一族大虐殺から命からがらの逃亡。追手をのがれはるかモロッコへ。
そこで力を蓄え、イベリア半島の大半を征服して26歳で王朝を開く。
どうです?波乱万丈の生涯ですよね。こんな劇的な一生をおくった人物はほかにあまりいないでしょう。世界史英雄列伝第1回にふさわしい人として、マイナーですが登場してもらいました。
不幸のどん底と、栄光の絶頂を味わった稀有の英雄です。
約250年続いた後ウマイヤ朝、その首都コルドバは最盛期には人口100万を数え「西方の真珠」とも称えられ栄えました。
アンダルシアのスペインイスラム文化、あこがれます。レコンキスタによって最後のイスラム国家グラナダ王国(アルハンブラ宮殿で有名)がスペインを去ったあとも、独特の文化を残しています。
スペインが、西欧というより、エキゾチックなイメージを持っているのは数百年におけるイスラム勢力の支配があったからでしょう。
西カリフ国として、中カリフ国ファティマ朝、東カリフ国アッバース朝と3カリフ並立の時代を迎える後ウマイヤ朝、その創始者こそが、英雄アブドル・ラフマーン1世でした。
一説では、その壮絶な経験により、人を信じることのできない猜疑心の強い性格だったとも言われてますが、マイナス面もふくめて魅力的な人物です。
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