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2008年11月24日 (月)

世界史英雄列伝その5「ユスティニアヌス大帝と皇后テオドラ」

◇ユスティニアヌス1世 483~565(在位527~565)
483年 バルカン半島南部マケドニアの貧農の子として生まれる。
507年 軍人として成功した叔父ユスティヌスの養子となり、首都コンスタンティノポリスへ呼ばれる。
518年 叔父ユスティヌスが東ローマ皇帝に即位。自身も出世し執政官や副皇帝(カエサル)を歴任。
525年 首都の踊り子テオドラと結婚。
527年 叔父の死を受け、皇帝に即位。
528年 ローマ法大全の編纂を命じる。(完成は534年)
532年 ニケの乱 逃亡しようとする皇帝を、テオドラが励ます。思いとどまったユスティニアヌスは反乱を鎮圧、危機を脱する。
533年 将軍ベリサリウスを北アフリカへ派遣、ヴァンダル王国を滅ぼす。
535年 イタリア半島侵攻作戦。宦官ナルセスを起用、東ゴート王国を滅ぼしイタリア半島を統一。
    (完了は554年)
548年 皇后テオドラ死去。
554年 西ゴート王国からイベリア半島東南部を奪回。地中海全域を支配化に収め、旧ローマ帝国に匹敵
   する大領土を獲得。(東ローマ帝国の全盛期)
565年 死去。

 東ローマ最大の版図を築いたユスティニアヌス大帝、彼を述べるには、どうしても皇后テオドラの存在を抜きにしては語れません。年表では踊り子と書きましたが、どうも売春もしていたようです。一介の売春婦から皇后に上り詰めたのは、世界史上おそらく彼女ひとりでしょう。

 時の皇帝の養子で皇位継承の最有力者ユスティニアヌスがなぜ、身分卑しい売春婦に惚れたのか、表向きの歴史では明らかにしていません。伝えられるところでは、穢れた身でありながら、純潔の処女のような気高い表情を見せる彼女にユスティニアヌスが一目惚れしたのだとか。事実、テオドラは聡明な女性でした。有名なエピソードを紹介します。

 プロ野球やサッカーに熱狂する現代の日本人のように、東ローマでは戦車競争が花形でした。それぞれ贔屓のチームができ、民衆は熱狂しました。そのなかでフーリガンが暴徒化するように、532年熱狂した戦車競技場の市民が暴徒化し皇帝打倒を叫びながら反乱を起こしました。恐れをなしたユスティニアヌスは逃亡を考えます。しかし、そのときテオドラが励ましました。「逃げてどうするのです。皇帝なら残って鎮圧に努力すべきです。帝衣は最高の死に装束というではありませんか」と。
 思いとどまったユスティニアヌスは、将軍ベリサリウスらの活躍によって反乱を鎮圧します。このとき市民3万名が殺されたと伝えられます。

 もし、テオドラの言葉がなければ、のちのユスティニアヌス大帝はいなかったでしょう。ともすれば弱気になる夫に励ましや助言を与える賢妻、それがテオドラでした。
 テオドラは社会事業もしています。自分の出自ゆえか、貧しい家の娘を買い取って売春させる売春宿を一掃し、娘の借金の肩代わりもしました。また、貧しい人々のために、私費を投じて病院をつくったりしています。

 この時代、東ローマ帝国は人材にも恵まれていました。ヴァンダル王国を滅ぼした将軍ベリサリウス。東ゴート王国を滅ぼしてイタリア半島を統一した宦官ナルセス。

 女傑テオドラのことを知れば、今絶望の淵にいる女性も生きる希望が湧くのではないでしょうか。どん底の生活から皇后という栄光の高みに上がった女性が現実に存在したのですから。
 こんな魅力的な女性に出会ったら、ユスティニアヌスでなくとも一目惚れするでしょう。歴史上最強の「あげまん」に!

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