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2009年3月 9日 (月)

世界史英雄列伝(28) 藺相如 前編 - 「完璧」の使者 -

 中国戦国時代、趙王室に伝説の宝玉「和氏(かし)の璧」が所蔵されていました。隣国、秦の昭襄王はそれが欲しくてたまらず、使者を送って「十五城と交換したい」と言わせました。
 当時、秦は「虎狼の国」と言われていました。璧を秦に与えても、十五城をもらえる見込みは無く、騙し取られるのがおちでしたから、誰も使者に立とうとしませんでした。しかし、申し出を無視しても秦の怒りをかい侵略を受けるのは必定なので、時の趙王、恵文王は困り果てました。
 そんなとき宦官の令、繆賢(びゅうけん)が自分の家来である藺相如(りんしょうじょ)を推薦します。王の問いに繆賢は絶対の自信を持って勧めたため、ついに藺相如は使者に任命されました。

 藺相如は決死の覚悟で秦に向かいます。秦では昭襄王が章台の殿上において引見しました。相如が璧を捧げると、王はご機嫌で周りの者に見せてまわしました。臣下たちは万歳をとなえて祝います。
 これを見ていた相如は、秦王が十五城を渡す気がないことを悟りました。
 やおら進み出て、「この璧には傷がございます。それをお示ししましょう」と申し出ます。王から璧を受け取ると、手に持ち、後すざりして柱を背にします。怒髪天をつく勢いで藺相如は叫びました。

 「秦王が璧を求めた時、趙国では『璧だけ盗られて十五城は手にいるまい』という声が多数でした。しかし、わが王は両国の親睦をそこなうのは良くないと、私を使者に送りました。ところが、今拝見していると秦王には璧だけを取り上げて、約束を守る気がないと推察いたしました。秦王がどうしても璧を取り上げようとなさるなら、私はこの璧もろとも頭を柱にぶつけてぶち割ってみせますぞ!」

 あわてた昭襄王は地図を示して「こことここの十五城を譲るつもりだ」と弁明します。しかし、王が口先だけで言っているのを感じた相如は、
「和氏の璧は天下の名宝です。わが王はこれを送り出す時五日間斎戒しました。秦王におかれましても五日間斎戒され九賓の礼をそなえなされませ。そうすればあらためて献上いたすでしょう。」

 しかたなく昭襄王もこれを受け入れます。相如は、約束が反故にされ璧だけが取り上げられるであろうと察し、従者に粗末な身なりをさせ、璧を持たせて秘かに趙に帰しました。

 五日後、昭襄王の引見をうけた相如はこう言い放ちます。
「秦は穆公以来二十代あまり、約束を守られた事は一度もありません。王の欺きを受けては本国に申し訳がたちません。ゆえに、使者に持たせて璧は持ち帰らせました。まず秦が十五城をお与えくださるならば、どうして趙は喜んで璧を差し出すことをためらいましょうか。
 しかし、私が王を騙した罪は万死に値すると承知しております。どうか、煮殺すなり斬首なり好きにしてください。」

 昭襄王は群臣と共に唖然としました。近臣が藺相如を曳き立てようとしたとき、王が言いました。
「ここで相如を殺したとて、璧は手に入らず、趙との関係も損なわれる。厚くもてなし趙にかえらせるがよい。」
 
 こうして藺相如は、難しい外交問題を趙の体面を傷つけることなく全うしました。帰国後、彼は上大夫に任ぜられます。「璧」を全(完)うしたことから「完璧」という故事成語が生まれました。

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