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2009年3月 9日 (月)

世界史英雄列伝(30) 背教者ユリアヌス - 悲劇の名将 -

 ビザンティオンをコンスタンティノポリスと改名し、新しいローマ帝国の帝都としてふさわしい都市に改造した大帝コンスタンティヌス1世。偉大な彼の死後、帝国は3人の息子たちに分割されました。
 しかし、この3人の兄弟は仲が悪くすぐに自分が帝国を独り占めすべく戦争を始めます。そのなかで生き残ったのは帝国東方を領地にしていたコンスタンティウス2世でした。骨肉の争いを制した彼は猜疑心を強くもっていました。
 大帝の弟、ユリウスの家系もコンスタンティウス2世に謀反の疑いをかけられ一族皆殺しにあいます。許されたのはユリウスの幼い子供たち、ガルスとユリアヌスの二人だけでした。

 兄弟はイオニアに幽閉され、多感な少年時代をこの地でおくります。ギリシャ哲学を学ぶ事だけが、彼らに許された自由でした。

 二人が成人すると、皇帝の血族は彼らだけなので、まず兄のガルスが東方副帝に任ぜられます。しかし、コンスタンティウス2世はこのガルスにさえ猜疑の目をむけ354年、謀反の疑いで殺害してしまいます。生き残った唯一の血族はユリアヌスだけでした。

 翌年、ユリアヌスは統治の難しいガリア担当の副帝に任ぜられます。24歳のときでした。コンスタンティウス2世にとっては、唯一の従兄弟が戦死しようがかまわないという任命でした。うまく統治できたら儲けものという考えだったのです。

 ところが戦の経験などないユリアヌスは、皇帝の期待を見事に裏切ります。初陣のアラマンニ族との戦いで、自ら陣頭にたって敵を破ると、王を虜にするという大功を立てました。
 その後も快進撃を続け、わずか2年でガリアの地を平定することに成功します。しかし、ユリアヌスの戦勝報告が入るたびに皇帝は不機嫌になっていきました。従兄弟の活躍に嫉妬と憎しみさえもった皇帝はユリアヌス討伐の軍を発します。

 ユリアヌスは、皇帝が自分を討伐しようとしている事実を知りショックを受けました。すべては皇帝のため、祖国のためにしたことだったのにかかわらずのひどい仕打ちに憤慨します。

 360年、ユリアヌスは配下の軍団兵の推戴で皇帝になります。もはや後戻りはできませんでした。劣勢にもかかわらずユリアヌスは根拠地ルテティア(現在のパリ)を出陣します。この哲学青年は、けっして奢らず、兵卒と同じ食事をし、ともに戦う姿勢に、兵士たちから強い支持を得ていました。

 皇帝は家族の仇でした。いままで忘れていた恨みをぶつけようと、皇帝軍との戦いを覚悟していた時、皇帝コンスタンティウス2世が没したとの知らせを受けます。こうしてユリアヌスは制式に皇帝に推戴されました。

 皇帝ユリアヌスは背教者と後世のキリスト教関係者に非難されます。しかし、その生い立ちからギリシャ哲学に親しんだ彼にとって、皇帝権力と結びついたキリスト教(ギリシャ正教)の聖職者は嫌悪の対象でした。彼がキリスト教徒を弾圧したというのは間違いです。彼が憎んだのは権力と結託した教団幹部だけでした。国教と定められたキリスト教をないがしろにして、ユリアヌスは臣民に信教の自由を認めました。

 ユリアヌスは、やるべきことの優先順位をペルシャとの戦争と判断しました。帝国の安定化を図るためには西方国境の確定と安定が不可欠だったからです。
 363年、ユリアヌスは東方遠征の途につきます。一時はササン朝ペルシャの首都クテシフォンに迫るほどの成果をあげます。最後の決戦で、大量の象部隊を繰り出してきたペルシャ軍に対し、ユリアヌスは冷静に対処、象の背後に回りローマ兵に槍で尻を突かせます。これによって暴走した象たちは逆にペルシャ軍の陣に突入、このために敵軍は大混乱に陥りました。
 このときを待っていたユリアヌスは待機していた予備部隊を投入、形勢は一気に逆転しました。勝利が見え始めた時、信じられない悲劇がユリアヌスを襲います。常に先頭にたつユリアヌスの姿勢が禍しました。敗走するペルシャ兵が、苦し紛れに放った槍がユリアヌスを直撃したのです。ほとんど即死でした。

 この無限の可能性を持ったユリアヌスが、メソポタミアの戦場で命を落としたのは363年6月26日のことです。享年32歳、正式に皇帝に就任してからは2年に満たない統治でした。
 彼の最後の言葉は「ガリラヤ人(キリスト教徒)よ、汝は勝てり」だと伝えられています。

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