「行いは俺のもの、批判は他人のもの」 勝海舟
童門冬二さんの『男の器量』を読むと、歴史上名を残した人の有名な発言が多く書かれています。
そのなかの一つ、勝海舟の言葉だそうです。
明治維新後、福沢諭吉が勝海舟を痛烈に批判したことがありました。
「忠臣は二君に仕えずという。ましてそれが高級職であった場合はなおさらだ。にもかかわらず貴方は徳川幕府の敵である明治新政府に仕えている。その考えはいったいどういうものか、はっきり教えて欲しい」
これは公開質問状として出されました。ながらく海舟は答えなかったそうですが、やがて冒頭の言葉をつぶやいたそうです。海舟にも言い分があったと思いますが、説明すれば長くなる。また、説明すればするほど、言い訳がましく聞こえる。江戸っ子である海舟は、面倒くさくなって、そう答えました。
勝海舟は若い頃から、徳川幕府の臣という意識は薄かったそうです。彼はアメリカに行った経験から、日本全体の将来を憂い、幕臣などという立場から超越したところで行動していました。
だから、もともと自分を暗殺しにきた坂本竜馬を魅了し弟子にしたのだと思います。一見クールに見えても、実は江戸っ子らしく義理人情に厚かったそうです。だからこそ、坂本竜馬たち、多くの弟子に慕われ彼らを育てる事ができたのだと思います。
勝海舟に言わせれば「俺は日本人で別に徳川人じゃない。仕えているのは日本の国だ」と言いたかったのかもしれません。福沢諭吉よりは、海舟のほうが現代人に近い感覚をもっていたのでしょう。
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