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2009年6月13日 (土)

世界史英雄列伝(33) チャンドラグプタ - マウリア朝の創始者 -

 アケメネス朝を滅ぼし、遠く東を目指したアレキサンドロス大王。破竹の勢いのマケドニア軍は紀元前326年カイバー峠を越えインド侵入を果たしました。ヒュダスペス河畔で現地の王ポロスを破り、インドへの道を開きます。

 そんな中、インド中央部への道案内を申し出た一人の若者がいました。その人物はサンドロコットスと呼ばれます。彼こそ後にマウリア朝を開くチャンドラグプタだと言われています。
 このチャンドラグプタは、並みの若者ではありませんでした。ヒマラヤ地方のマウリアという小氏族に生まれた彼は、インド北部を支配していたナンダ朝マガタ国に仕え、若くして将軍に登りつめます。
 しかし、国王への反乱に失敗し追放されていました。アレキサンドロスのもとに現れたのも、マケドニア軍を利用してナンダ朝を滅ぼそうという野望を持っていたのかもしれません。

 マケドニア軍兵士は、これ以上の東進を拒否。アレキサンドロスはついに軍を返します。チャンドラグプタの野望は潰えたかに見えました。ところが彼は、マケドニア軍の軍制を学び自分の軍隊に生かす知恵を持っていました。子飼いの部隊を騎兵・歩兵・戦車・象兵に編成し直すとインダス地方で挙兵。現地を支配していたマケドニアの駐留軍をまたたく間に駆逐します。

 このとき、チャンドラグプタはバラモン(祭祀階級)出身のカウティリアという人物を参謀に迎えます。後に「実利論」という著書をあらわす冷徹なマキャベリストであったカウティリアの智謀を加えチャンドラグプタ軍はますます強化されました。

 インダス地方を席巻したチャンドラグプタに脅威を感じたナンダ朝の王、ダナナンダは将軍バッサダーラに大軍を授けて鎮圧に向かわせます。これを難なく撃破したチャンドラグプタは軍をマガタ国の首都、パータリプトラに進軍させました。
 激しい攻防戦の末、首都を落としたチャンドラグプタは、ダナナンダをはじめとするナンダ朝の王族をことごとく処刑、自らマウリア朝を開きました。紀元前317年頃だと言われています。

 宰相となったカウティリアは強力な中央集権体制を築きあげました。高度な官僚制と、精強な常備軍をもったマウリア朝は、拡大の一途をたどります。紀元前305年、チャンドラグプタは後継者戦争を生き残ったシリアのセレウコスと戦い、インダスからバクトリア南部に到る4州を割譲させました。
 紀元前293年、チャンドラグプタが亡くなる頃にはインダスからガンジスまでの北インド全域を征服し、三代アショカ王の時代にはインド亜大陸をほぼ統一、インド史上最初の統一王国となりました。

 古代インド人は歴史を記録する習慣がなかったため、伝説に彩られた生涯ですが、世界史的にみてチャンドラグプタが不世出の英雄であることは間違いないでしょう。

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