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2009年6月13日 (土)

「カンネーの戦い」 名将ハンニバルの理想的包囲殲滅戦

 第二次ポエニ戦争序盤の天王山とも言うべきカンネーの戦い。第一次ポエニ戦争敗北の復讐のため、イスパニア(現スペイン)を植民地化したカルタゴ(本拠は現チュニジア)の名将ハンニバル・バルカスが有名なアルプス越えで宿敵ローマに挑戦した戦役です。

 まさかアルプスを越えて敵がイタリア半島に侵入すまいと油断していたローマは、ハンニバルの戦術に翻弄されトレビア河畔、トラシメネス湖畔で連敗します。

 長距離を遠征してきた軍がもっとも嫌がるのは、持久戦に持ち込まれることです。時のローマ執政官ファビウスはカルタゴ軍の弱点を見抜き、決戦を避け敵が消耗するのを待ちました。しかし、ローマ市民はファビウスを弱腰だと非難します。素人はどうしても目先のことしか見えないものです。

 ローマを直接攻撃するリスクを考え、同盟都市の離反を図りローマを弱体化する戦術をとったハンニバルはイタリア半島南部にいました。ローマはファビウスに代え、新たに任命したアエミリウス・パウルスとテレンティウス・ウァロに4個軍団を与えハンニバルとの決戦に臨みます。

 両軍はアドリア海に面したアプリア地方カンネーの地で激突しました。BC216年のことです。


 まず両軍の兵力を見てみましょう。
 ローマ軍は主力の軍団兵5万5千を含めた歩兵7万、騎兵6千。さらに後方には1万の予備軍を置きます。一方カルタゴ軍はハンニバルが鍛え上げた重装歩兵3万2千、軽装歩兵8千、地中海世界最強を誇ったヌミディア騎兵4千を含む1万。騎兵戦力では劣勢なもののローマ軍がほぼ倍の兵力です。

 まともにぶつかればさしもの精鋭カルタゴ軍といえど不利は免れません。そこでハンニバルは陣形に工夫をこらしました。

 ローマ軍は、主力である重装歩兵を中央、その前面に軽装歩兵。右翼にローマ騎兵、左翼に同盟市の騎兵を配置しました。

 対してカルタゴ軍は、右翼に最強のヌミディア騎兵、左翼にガリア騎兵、中央に歩兵部隊という配置はローマ軍と同様でしたが、この歩兵の配置にこだわりました。
 ハンニバルは、ローマ軍が中央突破を図ってくると見抜き、わざと前衛に弱兵であるガリア歩兵を弓なりに薄く配置しました。その両端に精鋭のカルタゴ重装歩兵を置き、軸として戦列が崩れないようにします。その間隔は約2キロ。その背後には主力のカルタゴ重装歩兵が待ち構えていました。


 ハンニバルの意図は、先端が開かれてから明らかになります。両軍がぶつかると士気の低いガリア歩兵は重厚なローマ歩兵に押され、後退しました。ただ両端のカルタゴ重装歩兵が持ちこたえ、中央だけが後退し逆にカルタゴ側に弓なりになります。しかし、背後にカルタゴ重装歩兵がいるためなんとか戦列は維持されました。

 一方、両翼の騎兵同士の戦闘は数に勝るカルタゴ軍の勝利に終わっていました。もともとローマ軍は騎兵を重視しておらず、主力の重装歩兵が敵陣中央を突破することで決着がつくと読んでいました。しかし、これこそハンニバルの巧妙な罠だったのです。

 崩れそうで崩れないカルタゴ軍の戦列。しかし、中央でローマ軍が押しているためちょうどカルタゴ軍がローマ軍を包囲している形になっていました。そこへローマ騎兵を追い払ったカルタゴ騎兵が背後から襲いかかります。これこそハンニバルが意図した完成形でした。

 完全な両翼包囲です。ローマ軍も勇敢に戦いましたが、外周から次々と討たれ次第にやせ細っていきました。戦いが終わった時、戦場には二人の執政官を含む5万のローマ軍の死体が残されたいたと言います。一方カルタゴ軍の損害は死傷者5千。後の軍事教科書にも載る少数の兵力による完全な包囲殲滅戦でした。


 ローマは主力軍がほとんど全滅するという損害を受けますが、そこで滅びないのがローマのローマたる所以です。再び持久戦に転じたローマは、大スキピオという若き天才の出現を待って反抗に転じます。
 カルタゴ本国の政争で満足な増援を受けられなかったハンニバルが南イタリアで釘付けになっている隙を突いて、スキピオはカルタゴ本国へ奇襲上陸をはたします。ザマの地で、再び両軍が合間見えた時、ハンニバルの戦術をそっくり真似たスキピオの前に、ハンニバルはついに敗れることになるのです。

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