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2009年11月20日 (金)

アレクサンドロス戦記③   - ティルス攻防戦 BC332年 -

 ティルスは現在のレバノンにある地中海沿岸沿いのフェニキア人都市国家です。その起源は紀元前2500年ころともいわれ有名なカルタゴの母市としても知られています。


 海外交易によって栄えシドンとともにフェニキア有数の都市として栄えていました。そのティルスがなぜアレクサンドロスのマケドニア軍に激しく抵抗したか謎です。といいますのもイッソスの勝利を受けて他のフェニキア人都市はこぞってアレクサンドロスに服属したからです。


 ティルスの指導層に、ペルシャに対する忠義があったとは思えません。それより隙あらば独立してやろうとの野心さえあったように見受けられます。フェニキアがマケドニアにさえ独立を保とうとした理由の一つには、どうもその地形があった気がしてなりません。


 当時の地図を見ると、ティルスは海岸から2km離れた完全な島でした。巨大な海軍力をもっているので、ろくな海軍を持たないマケドニアに対抗できると踏んだのでしょう。たしかに海からでなければ接近できないティルスは難攻不落と言えました。



 しかし、地中海の制海権を握りエジプト侵攻を成功させるにはティルスの反逆を許すわけにはいきません。アレクサンドロスはティルス攻撃の命を下します。


 海軍を持たないマケドニア軍は、陸地から幅8mの堤防を築き、それをティルスまで延長しながら攻略する作戦を採ります。はじめ陸地に近い時はよかったのですが、堤防が沖合に延びるにつれてティルス海軍の攻撃を受け始めます。マケドニア軍は堤防の突端に攻城塔を築き、その上からカタパルト(投石機)などの射撃兵器を使いこれに対抗します。

 しかし、火矢で塔を焼かれまた作り直すというシーソーゲームが続きました。遅々として進まない築堤工事でしたが、マケドニア側に朗報が舞い込みます。

 ティルス以外のフェニキア艦隊が、アレクサンドロスを助けるために来援したのです。これには中立を保っていたキプロス、ロードスなどの海軍国も衝撃を受けます。フェニキアが完全にマケドニア側に立った以上、自分たちも中立を保てないと判断したのです。彼らもまた、ペルシャを見捨てマケドニア側に立って参戦しました。


 このとき戦場近海に展開した艦隊は数百隻にものぼったと伝えられます。地中海最大の艦隊でした。これで立場は完全に逆転しました。連合艦隊は、南北二つあるティルス海軍の軍港を封鎖します。はじめは散発的に出撃していたティルス艦隊でしたが、多勢に無勢、完全に湾内に籠ってしまいました。


 敵艦隊の妨害がなくなったので、築堤作業ははかどりました。そしてついにティルスの島をぐるりと囲む城壁にカタパルトの発射した石が届く距離まできました。この間攻撃開始から7カ月が過ぎようとしていました。


 アレクサンドロスは、堤防の先端に2基の攻城塔を築かせました。総攻撃の開始です。カタパルトから巨石がどんどん発射され城壁を崩し始めます。カタパルトの援護射撃に守られ、マケドニア兵を乗せた連合艦隊の船は、巨石で崩れた城壁から上陸し市内に雪崩れ込みました。


 こうなればマケドニア軍の独壇場です。連合艦隊は崩れた城壁めがけて波状的に陸兵を送り続けました。激しい抵抗を見せたティルス軍でしたが、大軍を前に次第に抵抗力を失っていきます。


 ティルス市の中心にマケドニア軍が達した時戦いは終わりました。ティルス軍の戦死者は市民も含めて8千人、市民3万人が奴隷として売られたそうです。一方マケドニア軍の損害はわずか400。完全勝利でした。しかし都市は破壊を免れました。戦略的要地であったからです。以後ティルスはマケドニア海軍の重要な根拠地として使用されます。



 ティルスの陥落は、交易の民フェニキア民族の凋落の始まりでした。以後フェニキアの中心は、ティルス市を母市とするカルタゴに移ります。そしてカルタゴもまたローマとの抗争に敗れ滅び去る運命にありました。



 アレクサンドロスは、ティルス攻略後も休む事はありませんでした。そのままエジプトに軍を進めます。現地のペルシャ人太守は抵抗する愚を悟り降伏しました。これによって彼はギリシャ以東の東地中海沿岸地方を完全に征服したことになります。



 そして、時は来りました。アレクサンドロスは最終決戦をするため、東へ向かいます。ペルシャ本土へ!


 次回は、ガウガメラでのダレイオス3世との最終決戦に筆を進めましょう!

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