イエニチェリとマスケット銃
「イエニチェリ」、高校時代に世界史を選択した人なら覚えている人もいるかもしれませんが、オスマントルコの常備歩兵軍団の事です。
イスラム社会では伝統のマムルークなどの軍人奴隷と同様、戦争捕虜や征服した土地のキリスト教徒の中で優秀な青少年を選抜し、イスラム教に改宗させたうえで厳しい訓練を施しスルタン(皇帝)直属の親衛隊として編成しました。それが「イエニチェリ」です。
イエニチェリと言えば、マスケット銃(日本で言う火縄銃も含む。マスケット銃のうちマッチロック式が火縄銃に当たる)とセットで語られることが多いですが、腰に曲刀をさげ、マスケット銃で武装した軽装歩兵というのが(知ってる人の)一般的なイメージだと思います。
イスラム圏の軍隊といえば騎兵というイメージが強いですが、オスマントルコはこのイエニチェリ軍団を使って、中東地域を征服します。イランに興ったサファビー朝などはオスマントルコとの戦争で自慢の騎兵部隊がイエニチェリの前に完敗し、急きょ西洋の技術を取り入れ砲兵部隊とマスケット銃隊を編成したくらいでした。
ところで、イエニチェリが創設されたのは14世紀後半のムラト1世の時代だと言われています。マスケット銃(先込め式歩兵銃)が世界史上初めて実戦に使われたのは15世紀のフス戦争だと言われていますから、初期の装備は何だったのでしょうか?残されている絵画などから想像すると、おそらく弓や槍を装備していたものと思われます。これだとただの軽装歩兵です。どんなに訓練を積んでもたかが知れています。
イエニチェリが、ヨーロッパで登場した新兵器マスケット銃をいち早く取り入れたことがオスマントルコ覇業の原点だったのかもしれません。
ここでマスケット銃について触れておくと、元込め式の歩兵銃だという事は共通しているのですが、発火装置の違いでいくつかのタイプの分かれます。
おそらく皆さんが一番知っているのがマッチロック式(=火縄銃)でしょう。これは
『引き金を引くと火をつけた火縄が火皿と呼ばれる部品に落ちる。火はそこから口薬(くちぐすり)と呼ばれる微粉末黒色火薬に引火し(胴薬)(どうぐすり)または玉薬(たまぐすり)と呼ばれる装薬に伝わり、そこで一気に燃焼(爆燃)、弾丸を射出する仕組み』(ウィキペディアより)
というものです。最初に登場したのがこの方式でした。その後ホイールロック式のマスケット(説明が面倒くさいので仕組みは略します)が登場しますが、複雑な機構だったのが災いして普及しませんでした。
1620年ころ、フリントロック式という火縄の代わりに発火装置にフリント(燧石) を使用し、火蓋をバネで閉じる新式のマスケット銃が発明されるとマスケット銃装備歩兵の威力は世界中で高まりました。
雨に弱いマッチロック式と違い、汎用性が高くなったのです。イエニチェリはこれらのマスケット銃を導入してオスマン朝軍の中核部隊に成長します。
小アジア、バルカン半島、シリア、イラク、アラビア半島北部、エジプト、モロッコを除く北アフリカマグレブ地方全土という広大な領土を征服したのはまさにイエニチェリ軍団と精強な騎兵部隊の力でした。当時のオスマン軍は、騎兵・歩兵・砲兵を有機的に運用できた近代的軍隊だったといえるでしょう。
しかし、その重要度が増すにつれイエニチェリ軍団は政治的発言権を増大させていきます。まさにエジプト・アイユーブ朝が軍人奴隷・マムルーク軍団に乗っ取られたように、オスマン朝でもスルタン位を左右するようになっていきます。専門集団であることがかえって災いし政治集団化したのです。
18世紀には時の皇帝セリム3世が、イエニチェリ軍団改革に乗り出したところ逆に反発をうけ、廃位、幽閉され、のちに殺害されてしまうという事件まで起こりました。
後を継いだメフムト2世は、イエニチェリの近代化を諦め、新規に「ムハンマド常勝軍」という西洋式近代編成の歩兵軍団を編成します。そして1826年オスマン朝の癌となっていたイエニチェリに対し、新式軍団を使ってその兵舎を急襲、殲滅してしまいます。
以後、イエニチェリが再び編成されることはありませんでした。
オスマントルコの隆盛に大きく寄与したイエニチェリでしたが、その近代化を大きく阻んだのも彼らの存在でした。エジプトで伝統のマムルーク軍団が、風雲児ムハンマド・アリーによって完全に滅ぼされたのが1811年でしたから、世界史的に見ても旧来の軍事組織が通用しなくなってきていた時期だったのでしょう。
以後、世界は先込め式から元込め式のスナイドル銃に進化させた西洋世界の独壇場になっていくのです。
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