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2010年4月 7日 (水)

豊臣秀頼生き残りのための大妙手

 通常はIFシリーズの続きは書かないんですが、昨日ふと考えてこの方法なら豊臣家が滅亡することはまずないという大妙手を考えたので発表します。

 そもそも豊臣家滅亡の原因は何だったのでしょうか?ほとんどの人が豊臣政権内の武断派と文治派の対立を家康にうまくつけこまれ、対立構造をそのまま軍事対決まで激化させて、自分がその一方の旗頭になったことが最大の原因だと指摘するでしょう。

 だったら、武断派を絶対裏切らせなければ良い(もっとも本人達は裏切ったとは思っていないでしょうが…)。そこで大きなキーマン(いやキーウーマンか?)になるのは、北政所ねね(出家して高台院)です。武断派の福島正則や加藤清正らにとって幼少のころから母代わりになって育ててくれた北政所は裏切れないでしょう。

 どういうことかというと、北政所に秀頼の養育責任を任せるのです。話は秀吉死去の数年前に遡ります。正室北政所に子がなく、側室茶々に世継ぎの秀頼が生まれたことによって立場が逆転します。

 世継ぎの御生母として茶々の権力が増大するにつれ、北政所の立場は微妙になってきます。北政所派といってよい加藤清正ら尾張派に対し、茶々の出身地である近江派の石田三成ら官僚が力をつけてくるのは当然です。

 もし秀吉が往年の智謀と慧眼をまだ持っていたら、自分の死後豊臣家がどうなるか容易に予見できたに違いありません。それを防ぐには、子のない正室北政所に生まれたばかりの秀頼を預け、茶々は出家させるか何かして秀頼と切りはなささなければいけません。

 これによって北政所と秀頼の関係は強固になります。武断派はとうぜん北政所に付いていくでしょうから家康も付け入れなくなります。正室と世継ぎという最強タッグだからです。場合によっては文治派を切り捨てることも選択しなければならないと思います。

 最悪、家康が文治派を操って対立を図ろうとしても、もともと文治派は戦下手ばっかりで頼りなく、しかも人望もないですから手のうちようがないんです。

 秀吉は、盟友前田利家を秀頼後見にしますが、わたしは黒田官兵衛こそそれに適任な武将はいないと思います。官兵衛を秀頼守役として大坂城に入れるのです。

 官兵衛は天下に野心を持っていたと言われますが、私は意外に守役だったらその責務を全うしてくれるような気がします。智謀はあっても悪人にはなれない人物だと判断するからです。それに事務能力もそこそこありますし、文治派退陣後の天下の政も無難にやってくれるのではないでしょうか?

 いかがです?これなら豊臣政権は長持ちするような気がしませんか?

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