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2010年9月 2日 (木)

吉良・今川伝説

 最近、室町時代に興味が湧いています(笑)。

 突然ですが皆さんはこのような伝説を聞いたことはないですか?

 「御所(足利将軍家)が絶えれば吉良が継ぎ、吉良が絶えれば今川が継ぐ」

 
 よく戦国ものの小説に書かれているんで、昔は私も素直に信じていました。ところが調べてみると吉良氏は確かに足利一族ですが、それほど家格が高いとも言えないような気がします。


 まあ細川、畠山から見ればより足利嫡流家に近いのかもしれませんが、それをいうなら南北朝時代まで足利氏(尾張足利氏)を称していた斯波氏の方がはるかに家格が高いのです。むしろ斯波氏が将軍位に就いても誰も文句が言えないほどです。


 しかしもし吉良氏が将軍位を継いだとしてどこからもクレームが出ないかといえば、そうとも言えません。まず斯波氏が黙っていないでしょう。加えて吉良氏よりより嫡流に近い一色、渋川(家格は別として)などから文句が出るはずです。さらにそれを言い出すなら、足利将軍家の一族である鎌倉公方がキレるでしょう。


 吉良氏はたしかに足利家の第二の故郷とも言うべき三河に所領を持っていますがおそらく一度も三河守護にさえなったことがありません。ウィキペディアから歴代三河守護を拾ってみると

鎌倉幕府
1194年~1199年 - 安達盛長
1221年~1252年 - 足利義氏
?~1331年 - 足利貞経?
室町幕府
1337年~? - 高師兼
1341年~1342年 - 高南宗継
1345年~1351年 - 高師兼
1351年~1360年 - 仁木義長
1360年~1373年 - 新田義高
1379年~1388年 - 一色範光
1388年~1406年 - 一色詮範
1406年~1409年 - 一色満範
1415年~1440年 - 一色義貫
1440年~1449年 - 細川持常
1449年~1478年 - 細川成之

ご覧の通りです。吉良貞経が一回だけなってますね。


 吉良氏は、一時奥州探題になっただけで幕府で要職を占めたとも言えないのです。まあ、家格が高すぎて(徳川幕府の御三家のように)、将軍の家来にすぎない幕府の官職に就くわけにはいけないと強弁できないことはありませんが。


 ただこれも吉良氏の分家の今川家が駿河・遠江の守護を歴任し一族の今川了俊が九州探題として一時絶大な権勢を誇ったことから否定されます(苦笑)。


 鎌倉末~南北朝時代の吉良氏歴代当主によっぽど傑物がいなかったのか、あまり足利尊氏に協力的でなかったのかどちらかでしょう。


 ではなぜ上記のような伝説が生まれたかですが、カギは吉良氏ではなく分家の今川氏にあったのではないかと私は想像します。


 三河の一地方領主に落ちぶれた吉良氏とは違い駿河・遠江に強固な地盤を築いた今川氏は、もともと南北朝の争乱でも足利宗家に付き従い一族の多くが討ち死にするなど幕府成立に大きな貢献をしています。

 また歴代当主が有能で、幕府との関係(特に三管領家のうち細川家)が良好でした。今川義元の時代に三河を抑え、天下を狙える位置に立った時、大義名分として自己を正当化させるためにあえて流させた噂だったのかもしれません。

 もともとそのような噂があったとしてもです。幕府に何の権限もない吉良氏がどんなに主張したところで世間は「世に容れられない不平貴族が何かほざいているな」くらいにしか見てなかったはずです。


 もし本当に家格が足利将軍家に匹敵する斯波氏あたりが言いだしたら洒落にならなかったに違いありません。吉良氏がそう称したからこそ無害だったのでしょう。


 それが今川義元が本当に天下を狙える実力を持った時、冗談が冗談でなくなったのだと思います。


 皆さんはどう思われますか?

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コメント

吉良氏が勢力を伸ばせなかったのは西条吉良氏と東条吉良氏に分裂した内部抗争のためなのでは?

それは見解の相違としか言えないなあ。内部抗争しても後に強大化した大名は数多いからね。島津なんか吉良よりはるかに深刻な一族間の争いをしながら三州統一を果たし江戸期も大大名で生き残ったじゃない(苦笑)。

伊達もそうだよ。天文の乱など吉良とは比較にできない大規模な内部抗争しながら強大化したしね。要は人材が出現しなかったってだけだと思うよ。

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