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2011年2月 9日 (水)

大三島の鶴姫さま

 もう十数年前になるでしょうか?日テレの年末時代劇最後の作品に「鶴姫伝奇」というドラマがありました。瀬戸内海水軍衆の話で題材がマイナーだったためか視聴率も悪くこの作品で年末時代劇が打ち切りになったという時代劇ファンにはトラウマの作品でした。その主人公が大祝(おおはふり おおほおり)鶴姫です。ドラマでは後藤久美子が演じていましたね♪
 鶴姫は、大三島の大山祇神社の神官一族、大祝氏の娘でした。神官と言っても阿蘇氏や諏訪氏と同様武士団化し戦国時代には豪族や大名になっている例もありますから侮れません。
 大祝氏は伊予国大山祇神社(愛媛県大三島)の大宮司一族でした。伊予河野氏とルーツを同じくする越智氏の流れです。【越智氏は饒速日命の子孫を称し、越智郡少領武男の孫玉興が越智郡大領となり、その子玉澄、そしてその子にあたるとされる安元が三島大社(大山祇神社)の初代大祝となったと伝える。】(武家家伝大祝氏より)
 越智一族の氏神、大山祇神社の神官として尊崇を集め瀬戸内海に隠然たる勢力を有していたようです。
 神官一族として直接戦をするわけではありませんでしたが、このあたりで戦があると一族の者を陣代として派遣していたといいますから重要な権威をもっていたことは間違いありません。
 大祝氏は、このような経緯から戦国時代には瀬戸内水軍衆の領袖的立場になっていたようです。周防長門を中心に豊前筑前安芸石見を領する西国の大大名大内氏は、対明貿易を独占するため堺を抑える瀬戸内海の制海権を虎視眈々と狙っていました。
 そのために伊予の河野一族と敵対し、大三島にも攻撃を加えるようになります。この時の大宮司は大祝安用でした。安用には安舎、安房、鶴という三人の子がおりました。
 大内氏が来航すると、大祝氏はこれを河野一族に注進し一族を上げて大内勢に対抗していたそうです。大宮司は戦に出れませんから老齢の父に代わって息子たちが戦場に立ちました。
 しかし長兄の安舎が大宮司職を継ぐと、弟安房が陣代となります。天文十年(1541年)の戦は大戦だったようです。大内水軍の水将白井房胤と小原中務率いる大軍を迎え撃った伊予勢は激戦の末何とかこれを撃退することに成功します。
 ところがこの戦でまだ二十歳にも満たない安房が戦死するという悲劇が起こりました。大内軍は何度も攻めよせてきます。陣代の役目は16歳の鶴姫に任されるようになりました。
 鶴姫は、美しい姫君でしたが瀬戸内水軍の娘らしく武勇に優れむしろ凛々しいという表現が似合う女性でした。彼女の事を16世紀の日本のジャンヌ・ダルクと呼ぶ人もいます。
 陣代としてお飾りになるのではなく、自らも長刀をふるって敵船に斬り込むようなたくましい女性だったと伝えられます。
 大内軍の二度目の侵攻のときは敵将小原隆言を討ちとる手柄を上げたそうですから末恐ろしい女性です。イメージ的に幕末千葉道場の佐那さまを重ね合わせているのは私だけでしょうか?(笑)
 彼女は戦だけでなく恋もしたようです。相手は一族の越智安成。どのような男性だったのかは不明ですが、私の勝手なイメージだと幼馴染かな?(笑)彼も一族の男として果敢に戦ったのでしょう。
 二度の敗北に怒った大内義隆は、重臣陶隆房を大将として天文十二年(1543年)大軍を送り込みます。鶴姫たちは一族を上げてこれを迎え撃ちました。
 大内水軍は大軍で、伊予勢は多勢に無勢苦戦したと伝えられます。越智安成も奮戦しますが傷を負い、最後の手段として敵船に突撃し斬り込みを掛けました。安成は激しく戦いますが戦死してしまいます。
 鶴姫は、恋人の死の悲しみも覚めやらないまま手勢をまとめ三島城に撤退しました。そこへ諸将を集め最後の突撃をすることを告げます。鶴姫は残った早船を引き連れ台の浜を出撃。敵が敗走し勝ったと油断していた大内水軍を奇襲しました。
 三島水軍の損害も激しいものでしたが、不意を突かれた大内勢は潰走、大きな犠牲を払いつつも鶴姫はついに大三島を守り抜きました。
 しかしその後、鶴姫は兄や最愛の恋人の戦死を悲しみ海に身を投げて自害したと伝えられます。
 辞世の句は「わが恋は 三島の浦の うつせ貝 むなしくなりて 名をぞわづらふ」。
 鶴姫が着用したと伝えられる胴丸が大山祇神社に展示されています。女性用だと分かるほっそりとした鎧です。これを見ると在りし日の鶴姫の凛々しいお姿が想像できますね。

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