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2011年9月 5日 (月)

清和源氏足利氏一門の家格

 室町時代、宗家は将軍となり一門で三管領を独占、四職(侍所所司)でも一色氏が入っている足利一族。足利尊氏が幕府を開いたので当然といえば当然ですが、名門といわれる吉良氏などは冷遇されていてそもそも一族の間での序列はどうなっているのか調べてみたくなりました(笑)。
 
 かなり独断と偏見が入ってますが、
「興味のある奴だけついてこぉい!」(by西郷輝彦)
 
 
 
 
◇第一位 「斯波氏」(尾張足利氏)…宗家と同格、というより鎌倉時代は別家扱い。管領に就任して家格を落と
                        したと不満(爆)。斯波高経の恨み節が聞こえてきそう(苦笑)。
 
 
◇第二位 「畠山氏」…武家の名門平姓畠山氏の名跡を継いだため当然か?これも管領になって家格を落とし
           たケース。まあこちらの場合は泣かず飛ばずだったから復活してラッキーだったかも?(笑)
 
 
◇第三位 「吉良氏」(三河足利氏)…本人が言ってるだけの自称。室町時代には奥州で大失敗して没落。(涙)
                   御一家扱いだからお情けの順位。その分家の今川氏は、家格的には一枚劣る。
 
 
◇第四位 「渋川氏」…一応「御一家」扱いだから細川よりは上か?名ばかりの九州探題として衰退。哀れ…
 
 
◇第五位 「細川氏」…三管領筆頭で室町幕府第一の実力者も家格的にはこれくらい。それもかなり贔屓目。
               斯波氏が同列に扱われてキレたくらい(苦笑)。細川は成り上がりのケースか?
 
 
◇第六位「一色氏」…戦国38(嘘)。四職の一角だからね。九州で大失敗したものの奇跡の復活!
              将軍家との個人的付き合いは大切にしましょう!(爆)
 
 
◇第七位~第十位(一門・親類衆)
 
 「今川氏」…吉良氏の分家。でも幕府的にはこっちの方が優遇されてます。駿河・遠江の守護はキープ!
 
 「仁木(にっき)氏」…頼章、義長の時代はよかった。一時は9カ国の守護を兼任してたのにね。人に嫌われ
              ると没落してしまう典型。最後は伊賀国で名ばかりの守護に!(号泣)
 
 「石塔氏」…奥州管領時代が絶頂期か?斯波氏の分家大崎氏が美味しいところは全部持って行きました(涙)
 
 「桃井(もものい)氏」…越中守護の直常が直義派に付いたばっかりに…(号泣)。まあ高兄弟を個人的に嫌っ
               てたからこうなるのも仕方なしかも?以後消息不明…。
 
 
 
 
 ※後はその他有象無象がいます。斯波氏の分家だけで大崎氏や最上氏がいるから全部はとても紹介しきれません。家格的にも↑よりはかなり落ちるし…。
 
 ちなみに、管領云々っていうのはたとえ幕府高官であっても将軍家の家来なので。分かりやすくいうと江戸時代、幕府が徳川御三家を老中に任命したら嫌でしょ?尾張宗春とかブチキレると思いますよ(笑)。室町時代でも管領になって喜んだのは家格が低い細川氏くらいだと思います。
 
 
 高氏や上杉氏は一門じゃないので載せてません。

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コメント

吉良氏には三河吉良氏と奥州吉良氏があり、奥州吉良の始祖義継は長氏の弟だったと記憶しています。

また、吉良長氏の子の満氏は鎌倉後期に越前守護に補されていますし、斯波同様足利姓を名乗り、独立した鎌倉御家人として出仕しています。足利尾張家に対して足利上総家です。
斯波と吉良、どちらの家格を上と見るかは、初代の母方の家格を重視するか(名越流北条氏と家の女房)、分家した時の宗家当主の地位を重視するか(正四位下の義氏と正五位下の泰氏)で変わってくるかと思います。

西方南さん、コメントありがとうございます。奥州吉良氏に関しては別に記事を書いていますのでご参照ください。

色々情報ありがとうございます。

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