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2011年10月 1日 (土)

ドライゼ銃とクルップ砲 

 最近、イギリスの軍事史家マイケル・ハワードの「ヨーロッパ史における戦争」(中公文庫)を読みました。中世の騎士の戦争から傭兵、常備軍と発展する戦争の歴史を軍事技術の面から読み解いた好著です。
 
 
 
 その中で私が最も興味を引いたのは後にドイツ帝国に発展するプロイセンについてでした。
 
 プロイセンは辺境の一小国から発展し、軍事力増強に力を注ぎ1866年普墺戦争、1870~71年普仏戦争と列強を次々と倒しついにはドイツを統一して帝国を築くまでに至ります。
 
 その勝利の要因は、戦略・政略的にはビスマルクの敵を孤立化させる巧みな外交、大モルトケによる精緻な用兵にあったのは明らかです。戦術に限定しても当時発達しつつあった鉄道網を最大限利用した補給態勢、分進攻撃による決勝点における兵力集中などがあげられるでしょう。
 
 一方、装備した武器の優越も勝因の一つにあげられます。
 
 実は、プロイセンは世界初の実用ボルトアクションライフル「ドライゼ銃」と、近代的な鋼鉄製後装砲「クルップ砲」によって勝ったとも言えるのです。
 
 ドライゼ銃は、それまでの前装式マスケット銃に代わって主流になっていた後装式歩兵銃(スナイドル銃など)のなかでも一歩進んだ近代的歩兵銃でした。
 
 モデルガンなどでライフルを扱った方なら分かると思いますが、ボルトアクションライフルは通常の後装銃よりも発射速度が速いのです。だいたい3倍から5倍くらいの発射速度があったといわれています。さらに伏射(地面に伏せて射撃すること)ができたのも大きな特徴でした。
 
 ドライゼ銃は普墺戦争でその真価を発揮します。昔ながらの立射、しゃがみ射ちのオーストリア軍にたいし、伏射するプロイセン軍はほとんど被害を受けずに敵を次々と倒しました。これでは勝負になりません。
 
 列強はプロイセンの勝利を見て、ボルトアクションライフルの有用性に気付き以後急速に普及します。中でもフランスの採用したシャスポー銃はドライゼ銃をさらに洗練させた名銃と言われました。
 
 事実普仏戦争では、シャスポー銃装備のフランス軍はドライゼ銃装備のプロイセン軍を歩兵戦闘では押し気味でした。ところがプロイセン軍は、今度は小銃の射程外からクルップ砲で攻撃し、大混乱に陥れてから突撃するという戦法でフランス軍を圧倒します。
 
 鋼鉄製後装砲であるクルップ砲は、イギリスのアームストロング砲に勝るとも劣らない近代的野砲で発射速度、射程、運用のしやすさでフランス軍の野砲より性能が高かったといわれています。
 
 これらの武器の優越もまたプロイセンを勝利に導いた要因だったのでしょう。
 
 
 
 こうしてみると、戦争は戦略・戦術・兵器の優越どれが欠けても上手くいかないものだと改めて気付かされます。これらのバランスあるいは総合力で敵より優位に立った者だけが勝利を掴めるのでしょう。
 
 現代の我が国にもそれは当てはまると思います。皆さんはどう思われますか?

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