2023年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ

« 銃剣の発明と槍兵の終焉 | トップページ | アームストロング砲 »

2011年12月 1日 (木)

クールラント公国

 バルト三国の一つラトビアの西部は半島とも思えないようなクールラント半島があります。第2次大戦末期敗走するドイツ軍の一部がここに籠城しクールラント・ポケットと呼ばれるソ連軍の重包囲下に置かれながらベルリン陥落まで頑強に抵抗したことでも有名(一部の戦史マニア限定ですが…苦笑)ですね。
 
 私は、単にここら辺りが寒いからクールラントなんだと単純に思っていましたが実は違いました(爆)。16世紀から18世紀にかけてドイツ騎士団が建国したクールラント(クルゼメ)公国があったことが、名称の由来みたいですね。
 
 もともとこのあたりにはバルト語系のラトビア人支族クール人が住んでいたようです。9世紀ころまでスカンジナビアから来たヴァイキングに支配されていたとも言われますが、ドイツ騎士団の東方植民の波にのまれ1237年ドイツ騎士団領に編入されます。
 
 1561年世俗国家を形成しクールラント公国となりました。しかしドイツ騎士団領としては東の辺境、ポーランド、スウェーデン、ロシアなどの周辺諸国の係争に巻き込まれ数奇な運命を辿りました。
 
 まずポーランド・リトアニア連合王国の支配下に置かれます。1700年~1721年の北方戦争で一時スウェーデンに占領され、1791年完全独立を果たしますが4年後の1795年には第3次ポーランド分割でロシアに編入されるという哀れさでした。小国の悲哀そのものです。これで公国は消滅します。
 
 ロシア革命のどさくさで一時独立の機運も高まりますが、結局は失敗。民族国家ラトビアの一部となるもソ連に再征服され第2次世界大戦では激戦地になるという悲惨な歴史をもっています。
 
 現地に住んでいるクール人の末裔はどう思っているんでしょうかね?ラトビア人だと思っているんでしょうか?それともクール人としての民族意識があるのでしょうか?
 
 前者ならソ連解体後独立を果たし喜んでいるでしょうが、後者なら悲劇はまだまだ続きます。クールラント国家はまずできそうにありませんから。クルド人やバスク人と同じような心境かもしれませんね。
 
 
 
 
 
 
******************************************************************************************
 
追伸:
 
 ハーツオブアイアンⅡドゥ-ムズデイの1944年シナリオドイツ軍プレイでクールラントポケットを不可抗力で再現した事があります(笑)。消耗しきった東部戦線のドイツ軍部隊を再編成するためにポーランド国境まで後退させた時、貴重な装甲師団と装甲擲団兵師団以外の要らない歩兵師団や騎兵師団を囮でクールラント半島に残して捨て殺し(←酷い 爆)したんです。
 
 ところがソ連軍の勢いが強すぎて1944年末にはベルリンの間近まで迫られピンチに陥りました。1945年の5月までもたせた史実のドイツ軍は偉いと感心しながらやっとのことでポーランドまで押し戻したんですが、放置プレイだったクールラントのドイツ軍部隊がまだ生き残っているではありませんか!
 
 半島の先っちょに追い詰められてはいましたが、健気に頑張っている姿に涙がちょちょぎれましたよ(笑)。といってこういう状況に追い込んだのは私ですけどね(爆)。
 
 結局ぎりぎり間に合って救出できたんですが、よく頑張ったなあ♪あんたらは偉い!
 
 
 
 
さらに追伸:
 
 歩兵師団はともかく騎兵師団なんてただの継子扱いだからね(苦笑)。攻撃力も低いし防御力も無いし、取り柄はスピードが速いことだけ。こんなの作るくらいなら装甲師団を作ったほうがまし。
 
 ただ技術開発で航空騎兵(ヘリコプター)師団を開発すると化けるんだよねえ。もっともその頃はゲームも終盤で大勢は決しているけど(苦笑)。
 
 以上、雑談タイムでした(核爆)。

« 銃剣の発明と槍兵の終焉 | トップページ | アームストロング砲 »

 世界史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: クールラント公国:

« 銃剣の発明と槍兵の終焉 | トップページ | アームストロング砲 »