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2012年1月 4日 (水)

鉄の道、海の道

 東南アジアを中心に文明の伝播について考えています。前回は稲作について考察したわけですが今回は製鉄技術について考えたいと思います。
 
 
 日本最古の製鉄遺跡といえば今のところ広島県三原市の小丸遺跡だと言われますがだいたい3世紀頃で古墳時代初期か弥生時代晩期とされます。そして製鉄技術は朝鮮半島から渡って来たと一般に言われます。
 
 朝鮮半島では紀元後(何世紀かは不明)半島南部に製鉄遺跡が見つかっていますが、これは中国から渡ってきた技術でした。
 
 では中国ではどうでしょうか?最古の製鉄遺跡はだいたい紀元前8世紀頃のものが河北省で見つかっています。しかしこれは鋳鉄(鋳型に流し込んだだけのもの)で、脆く壊れやすいものでした。
 
 実は鉄器自体は青銅器とそう変わらない時期に見つかっているのです。しかし銅と錫の合金である青銅器のほうがはるかに強靭で鉄よりも融点が低い(鉄1200度に対し700~900度)ので世界中で急速に普及しました。
 
 鉄器が青銅器にとって代わるのはアナトリア(現在のトルコ半島)に勃興した古代帝国ヒッタイトにおいてでした。ヒッタイト人は錬鉄を木炭に混ぜて熱し、ハンマーで叩くという工程を繰り返すことで、青銅より硬くて強靭になる事を発見し所謂「浸炭法」を確立します。紀元前1500年頃のことです。
 
 こうしてできた鋼(はがね)は青銅製の武器を駆逐し、ヒッタイトはオリエント世界においてにわかに強大化しました。しかし浸炭法は莫大な火力を必要としそのための木炭を製造するために森林を伐採したため、国土が荒廃し最期は海の民という謎の民族の侵攻をうけ紀元前1200年滅亡します。
 
 浸炭法を独占していたヒッタイトが滅亡したため、新しい製鉄技術は世界に拡散しました。古代世界においてはインドが最も高い製鉄技術を持っていたと言われますが、これはヒッタイトと同じ印欧語族であるアーリア人に伝わったものでしょう。
 
 
 中国大陸で浸炭法が普及したのはおそらく戦国時代から秦漢時代にかけて。ですからヒッタイト滅亡から1000年ほど後になります。
 
 
 一方東南アジア、タイ東北部にあるバンドンプロン遺跡などは紀元前3世紀から2世紀の製鉄遺跡といわれています。どうもこの技術はインドから渡ってきたらしいのです。中国と同じ時期、あるいはそれより前に東南アジアで鉄器文化が栄えていたとすればどうでしょう?
 
 陸路から渡ってきたというよりインド洋など海路を伝って技術が伝播したとは考えられませんか?タイ東北部といえば6000年前とも言われる稲作と土器を使用したバンチアン遺跡があります。
 
 この地方にそういう技術的、文化的素養があったとしか思えないのです。もしかしたら浸炭法でない鋳鉄製造技術はもともと持っていたのかもしれません。
 
 
 製鉄技術が海路から伝わった傍証として、アンコールワットを建造したクメール王朝(カンボジア)や古代海洋交易民族として名高いベトナム南部にあった占城(チャンパー)王国はインドの影響を強く受けヒンドゥ-教や小乗仏教あるいはそれを基に独自に発展した宗教を信仰していました。
 
 
 また中国においても春秋戦国時代を通じて最も鉄器製造が盛んだったのは呉越の地(江蘇・浙江省)、次いで斉の地(山東省)と皆海に面しているのです。また蜀の地(四川省)も鉄器で有名ですがこれもインドや東南アジアに面しています。
 
 一説では三国志で有名な諸葛亮の南蛮遠征も交易路確保の他に良質な鉄を求める目的もあったといわれているほどです。
 
 ですから日本にも海路を通じて早くから製鉄技術が伝わっていた可能性があります。朝鮮半島南部も倭人が住んでいた可能性があり、こちらの鉄器も大陸からの伝播とばかりは言い切れないと思います。
 
 
 鉄器製造には木炭が必須です。森林が少なく伐採したら再生が難しい朝鮮半島より日本の方が製鉄にはかなり好条件だったのではないでしょうか?
 
 
 もちろん高度な浸炭法は大陸から朝鮮半島を通じてもたらされたとしても、最初の製鉄技術は案外日本と半島で時期的な差はなかったような気がします。
 
 
 皆さんはいかが思われますか?

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