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2012年5月13日 (日)

「ラップランド戦争」  - 極北の知られざる戦い -

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 私の大好物は戦史、とくに一般には有名でないマイナーな戦闘でございます。おそらく第2次大戦でもほとんど扱われる事のないレアな戦闘であるラップランド戦争に最近興味を覚え調べました。
 
 しかし、東部戦線フィンランド降伏後のフィンランドとドイツの戦闘は資料が少なく調べるのに苦労しました。ウィキでも在フィンランドのドイツ軍兵力が分からず海外サイトまで当たってやっと見つけ出したのが上の戦闘序列でございます。ちなみに師団群という戦闘単位が分かりませんでした。おそらく師団に準ずる部隊だとは思いますが…。
 戦闘団(カンプグルッペ)は戦史に詳しい方はご存じだと思いますが、戦車歩兵など複数の兵科をまとめてあらゆる戦闘状況にも対応できるようにした所謂諸兵科連合部隊(コンバインドアームズ)のことでドイツ軍では主に連隊規模でした。
 
 
 
 1944年9月19日それまで枢軸側に立って参戦していたフィンランドは、ソ連軍の攻撃に耐えかねついに降伏してしまいます。ドイツは極北地域でもソ連領を攻めるのと、ベッツァモのニッケル鉱山確保のために遠征軍を送り込んでいました。
 
 この地域のドイツ軍はノルウェーからの援軍も加えロタール・レンデュリック上級大将を司令官とする第20山岳軍に統合されます。ラップランドは地図を見ていただくと分かるように山岳が多く、ドイツ軍は精鋭の山岳師団を中心に編成されていました。
 
 レンデュリックは、フィンランドの脱落を想定しまだドイツ領だったノルウェーに撤退するため部隊をフィンランド北方に集めていました。そこへ講和の条件として領内からのドイツ軍駆逐をソ連から求められていたフィンランド軍が襲いかかります。これは地域の名前を取ってラップランド戦争と呼ばれました。
 
 かつての盟友同士の悲しい戦闘でした。ウィキペディアの資料ではフィンランド軍6万、ドイツ軍20万となっていますがドイツ軍はムルマンスク攻撃などのソ連軍との戦闘で消耗し部隊充足率もかなり悪かったのではないかと想像します。
 
 1944年10月スオムサルミの戦いで北部フィンランドのドイツ軍は敗れます。レンデュリックは部隊のノルウェー領撤退を成功させるため焦土作戦を選択しました。焦土作戦によってこの地域の住居の3分の1が破壊され10万人の難民が出たといわれています。被害総額は3億ドル以上。このためレンデュリックは敗戦後、戦争犯罪人として懲役20年の刑を受けています。
 
 それでも地の利に明るいフィンランド軍は、撤退を最優先にし留まって戦闘する気のないドイツ軍を追い詰めていきました。
 
 局地的には戦闘団単位の遅滞戦闘でフィンランド軍を破ったこともありましたが、極北の厳しい戦闘はより寒さに弱いドイツ軍に不利だったようです。凍死者もかなり出たのではないかと想像されます。
 
 この戦闘を通した損害はフィンランド軍が戦死傷1000、ドイツ軍が戦死傷2000です。戦争期間の割には少ないような気がしますが撤退優先のドイツ軍とそれを追うフィンランド軍の間に損害を増やしてまで戦闘する気がなかった証拠かもしれません。
 
 フィンランドとしてもドイツ軍が自領から撤退してくれればよいだけでしから。
 
 
 最後のドイツ軍がフィンランド領を撤退したのは1945年4月。ドイツ降伏の一月前でした。











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