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2012年10月 1日 (月)

統制経済と日本

 最近、「技術戦としての第二次世界大戦」(兵頭二十八、別宮暖朗 共著)なる本を読みました。
 
 兵頭氏、別宮氏ともども軍事と戦史に一家言を持つ人たちで私もこの分野に関しては一目置いているんですが、やや経済に関しては知識が薄いのではないかと疑問を持ちました。
 
 というのも
○1936年を境に日本経済は暗転した。
○これは戦争のためではなく統制経済の失敗である。
○ソ連の5ヶ年計画の成功に影響されて統制経済を始めたが、バクー油田の輸出による外貨などの利点がないため失敗した。
○政府官僚が統制するのではなく軍事産業の育成など民間活力を利用すべきだった。
○国家総動員法の誤った統制経済の結果、官僚の天下りが横行し民間人の創意工夫を阻害した。
 
などなど…の記述があるからです。
 
 同書では一人当たりGNPが1938年を境に低迷し始め、それ以前の水準に回復するのは昭和30年代に入ってからであるとも書いてあります。
 
 
 たしかに大筋ではそうなのかもしれませんが、私がネットなどで調べてみると経済に関しては微妙に間違っているような気が(苦笑)。
 
 
 政府発表の戦前のGNP(国民総生産)あるいはGDP(国内総生産)の数値が見つからなかったので、他サイトからの引用ですが
年次工業生産指数で1913年を100とすると
1936年 169.2
1937年 194.5
1938年 195.2
となっており、それ以降の数字はないもののその後もそれほどの低下はないような印象です。
 
 また別サイトでは、(資料)総務省統計局「日本長期統計総覧」からの引用として
1936年 3.1
1937年 23.7
1938年 3.4
1939年 0.8
1940年 -6.0
1941年 1.6
1942年 1.3
1943年 -0.3
1944年 -3.4
1945年 不明
という経済成長率となっており37年急激な経済成長(支那事変勃発による戦争特需と思われる)のあとも緩やかに成長しているんです。
 
 1943年、1944年のマイナス成長は明らかに戦局悪化の影響でしょう。1937年と1941年のGDPは165017から212594(単位不明)とむしろ増加しているんです。
 
 各国比較でも1940年から1945年までは、程度の差こそあれGDPが低下しているのが普通で例外は世界の工場であったアメリカ一国だけなのです。ソ連も緩やかに上がっていますがこれはアメリカのレンドリースのおかげで特定の分野(戦車など)に集中して工業資源をつぎ込めたからでしょう。
 
 ですから国家総動員法(1938年)による統制経済で経済が停滞したというのは間違い。むしろ経済規模は拡大しています。ただ本書の指摘通り民間の創意工夫が阻害され官僚主義的停滞が起こったのは事実でしょう。
 
 本書で指摘した一人当たりGNPも、1938年から1942年までは緩やかに上昇しています。1939年と1944年はほぼ同じくらいで1945年だけが敗戦の影響でガクンと落ちているだけです。
 
 
 他の分野ではユニークな内容だけにいかにも惜しい!
 
 
 私の結論としては
 
◇統制経済はある程度成果を上げたが、官僚主導だったのは間違い。ソ連のような独裁体制でない限り無責任な官僚を処刑できない。ということは成果を上げるために必死になる事もない。
 
◇別に官僚主導でも良いが、死刑を含む失敗した時の厳しいペナルティも同時に課すべきだった。(これは現在でも言えますね!)
 
◇戦時体制に移行する前からクルップやラインメタルなどのような大規模軍需産業を育成すべきだった。
 
◇ソ連や中華民国のように戦争時に踏み倒す覚悟で精密な工作機械を大量導入すべきだった。赤字になるのを極度に嫌う日本人はまじめすぎ!(これは本書も指摘しています)
 
くらいでしょうか。
 

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