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2013年3月 3日 (日)

バクトリアとインド・グリーク朝の王統

 前記事「概説インド史 古代編」の続きなんですが、バクトリア王国第4代国王デメトリオス1世(在位BC200年~BC180年)のインド侵入以来インド・グリーク朝とバクトリア本国の王統がどうなったかはっきりしないと書きました。
 
 その後調べてみるとどうもデメトリオス1世の弟アンティマコス1世(在位BC180年~BC171年)の時代に、彼がマウリア朝との戦争に没頭している隙にバクトリア本国の留守を守っていた将軍エウクラティデスが反乱をおこしBC171年に鎮圧に来たアンティマコス1世を逆に殺して自立したようです。
 
 以後バクトリアの正統な王統はインド・グリーク朝に受け継がれバクトリア本国はエウクラティデス1世(在位BC171年~BC145年)の簒奪王朝が支配しました。
 
 このような経緯からバクトリア王国とインド・グリーク朝は仲が悪くしばしば戦争します。ただ戦に関してはエウクラティデス1世のほうが強かったらしくインド・グリーク朝のデメトリオス2世(おそらく1世の子か孫。在位BC155年~BC150年)と戦って敗死させています。
 
 一時は再び両国は統一されたかに見えましたが、今度は王の共同統治者で息子でもあったヘリオクレスに暗殺され、強力な統治体制を築けぬまま終わりました。
 
 ヘリオクレスが王となって後を継ぎますが、父殺しの汚名で人心を失い紀元前140年~紀元前130年の間に北方からアシオイ、パシアノイ、トカロイ、サカラウロイの4種族の遊牧民の侵攻をうけ滅亡します。この4種族がスキタイ系のサカ族だったか月氏の一派だったかは分かりませんが、結局バクトリアの故地トハリスタンは中央アジアから移動してきた大月氏の領有となります。この中からクシャーナ朝が登場し再び西北インドまで広がる大帝国を築くことになりました。
 
 
 一方、インド・グリーク朝はメナンドロス1世(仏典で有名なミリンダ王、在位BC150年~BC125年)が即位し再び強勢になります。即位の時期からいってデメトリオス2世の血縁の可能性もありますが私の持っている資料では確認できませんでした。
 
メナンドロス1世は、パンシャーブ地方のシャーカラ(現シアールコット)を都に定めアフガニスタンから北インドにまたがる大きな領土を支配しました。一時はマガダ国(マウリア朝以来の北インドの中心国)の首都パータリプトラにまで攻め込む勢いだったそうです。
 
仏典では「ミリンダ王の問い」として登場し仏教を保護した王として有名です。それにしてもギリシャ人と仏教という関係は面白いですね。
 
 ところで別の資料ではデメトリオス2世の後を継いだのは息子のアポロドトス1世という説もあります。これには異説も多く逆にアポロドトスの方がデメトリオス2世の父であったという話もありはっきり分かりません。
 
 どちらにしろデメトリオス2世の後を継いだアポロドトス1世の統治期間は短くメナンドロス1世が間もなく継承した(合法、非合法は別として)という理解で良いかもしれません。
 
 
 メナンドロス1世はインド・グリーク朝の最盛期を築いた国王ですが、彼が死去すると王妃アガトクレイアが権力を握ったそうです。このあたり想像をたくましくしてしまいますね。
 
 彼女との間に息子がおらず後継王がいなかったか、それとも彼女との間の王子が幼少で彼女が摂政として政治を代行したかどちらかでしょう。
 
 
 このような不安定な体制では国を保つ事が出来ず、王権は徐々に衰退します。紀元前125年にはバクトリア本国がサカ族などの遊牧民によって滅ぼされギリシャ人の流民が多く流れ込んだため混乱に拍車をかけました。
 
 
 その後多くの小国に分裂し紀元前90年頃まではなんとか支配権を保ったものの最後はインド人の間に埋没していきます。クシャーナ朝第3代ヴィマ・カドフィセス(カニシュカ1世の父)が西北インドに侵攻した頃、つまりAD100年前後には西北インドはサカ族が支配権を握っていたそうですからそれまでに滅ぼされたのでしょう。
 ギリシャ人が古代に遠くインドまで進出し王国を築いた事はロマンがあります。現在インドにはギリシャ人の痕跡はほとんど残されていませんが、ガンダーラ美術に代表される仏教文化はギリシャ・ヘレニズム文化なしには成立しなかった事を考えると世界史上に残したギリシャ人の功績は大きかったと言えるでしょう。

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