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2013年11月 7日 (木)

三国志12  三顧の礼

 荊州に落ち付いた劉備は久方ぶりに戦乱を離れ平和を謳歌していました。同じ漢朝の宗室ということで荊州牧劉表は劉備を信頼し外の事はもとより家庭のことまで相談します。劉表の好意で荊州北東部の新野の城を与えられた劉備は、この城で正室甘夫人との間に待望の嫡子阿斗(のちの劉禅)を得ました。
 
 ある日劉表は、襄陽に劉備を招き自分の後継者の事について相談します。先妻の子である嫡子劉琦は温厚で親孝行な人物ではありましたが病弱でした。一方次男の劉琮を推すのは後妻であった母蔡夫人とその兄で荊州の都督(軍司令官)を務める蔡瑁。兄劉琦を廃嫡しようと日々画策していました。
 相談を受けた劉備は長幼の序から劉琦を推し、このために蔡瑁一派の深い恨みを受けます。蔡瑁はあらゆる機会に劉備を暗殺しようとつけ狙いました。そんな中暗殺計画から危機一髪で逃れた劉備は襄陽郊外で一代の碩学司馬徽(水鏡先生と号す)と知り合います。
 水鏡と親しく会話した劉備は、彼から「貴公に足りないのは人じゃ」と指摘されました。武臣に関羽・張飛・趙雲、文官に簡雍・糜竺・孫乾がいると反論すると
「いや、わしの言っているのは軍師じゃ。今襄陽に隠れ住む伏龍・鳳雛を得れば天下を望む事も可能であろう」と言われ劉備は衝撃を受けます。
 その日以来、劉備は伏龍・鳳雛を探し求めました。ある日伏龍というのが襄陽郊外隆中に隠棲する諸葛亮である事がわかります。劉備は義兄弟の関羽・張飛を連れて諸葛亮に会うべく隆中に出かけました。
 
 ここで諸葛亮という人物について説明しておくのも良かろうと思います。諸葛亮、字を孔明。琅邪郡陽都(山東省、青島南東の沿岸部)の人。父諸葛珪を早くに亡くし一家は荊州にいた叔父の諸葛玄のもとに保護されます。ある日諸葛玄は劉表より豫章の太守に任命され赴任しますが、そこには朝廷より任命された別の太守がいました。両者は戦争になり不幸なことに諸葛玄は戦死してしまいます。難民と共に逃げ惑う孔明達。
 この逃避行のなかで孔明少年は世の無常、人の世のあり方を学んだと云います。ようやく襄陽に帰りついた一家は、兄諸葛瑾が伝手を頼りに新興の呉に士官しました。亮は洛陽から戦乱をさけて襄陽に来ていた大学者石韜(せきとう)の門をたたき学びます。そこでめきめきと頭角を現した亮でしたが、曲学阿世の仲間から距離を置きいつしか隆中に引きこもり晴耕雨読の生活を始めます。
 同門の仲間からは気取っていると陰口を叩かれますが、一部彼の才能を知る徐庶や崔州平らは彼の人物を認めていました。日頃亮は自分を管仲・楽毅に比していましたが、徐庶などは
「いやいや、彼の才は太公望呂尚(周代800年を築いた軍師)、張子房(名は良。漢の高祖の軍師)に匹敵する」とべた褒めしています。
 時に諸葛亮27歳。地元の名士黄承彦の娘を娶り静かに暮らしていました。ちなみにこの娘は醜女として有名でしたが、頭脳明晰で夫婦仲は良かったそうです。
 劉備は二度隆中を訪れますが、二度とも亮は不在で三度目の訪問に出かけるところでした。義弟張飛が「いくらなんでも無名の若造に殿が三度も訪れるという法はありますまい。拙者が出かけて行って諸葛亮なる者ひっくくってまいりましょうか」と言うと、劉備はこれを叱りました。
 関羽はこれを見て「殿はさながら太公望を訪れた周の文王のようですな」と感嘆します。劉備に「嫌なら付いてこなくて良い」と言われた張飛も渋々付いて行くことになりました。
 今回諸葛亮は在宅でした。劉備は午睡している亮をみて無理に起こさず外で待ち続けました。目が覚めると劉備がいる事が分かり亮は恐縮します。草廬に招き入れ両者は親しく語りました。
 このなかで有名な天下三分の計が語られたといわれます。すなわち華北は天子を擁し強大な地盤を誇る曹操に、江東は長江の険に守られた孫権に任せ、劉備は残る荊蜀五十四州(湖北・湖南・四川省)を取って天下を三分しようという策です。
 すっかり意気投合した劉備は、諸葛亮に出蘆を要請し亮もまた快諾します。諸葛亮は軍師中郎将に任ぜられ劉備軍を統括する事になりました。
 北方を平定した曹操は南下の兆しを見せます。荊州内部にも深刻な対立を抱え、諸葛亮は果たしてどういう策を建言するのでしょうか?次回は曹操軍荊州侵攻と孔明の一大外交戦を描きます。

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