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2013年11月 7日 (木)

三国志17   入蜀

 馬超の役は戦乱渦巻く中原から離れ平和を謳歌していた蜀(四川省)にも少なからぬ影響を与えました。蜀は益州とも呼ばれ北に大巴山脈、東に三峡の険など周囲を急峻な山々に囲まれた方千里(支那里)の盆地。四川の名になった四つの大河が流れ太古から稲作が盛ん、天府の国とも呼ばれた豊かな地方でした。
 
 歴史上独立勢力が成立しやすく、何度も王朝が興亡を繰り返します。当時の益州牧は劉璋。長年蜀東北部の漢中盆地に勢力を張る五斗米道(道教の源流)の教主張魯の侵略に悩まされていました。馬超の役で敗れた西涼の残党が多数漢中に流れ込んだため張魯は強気になり本格的に益州を攻める構えを見せます。
 これに危機感を覚えた劉璋は中央の情勢を探りあわよくば援軍を仰ぐため使者を派遣します。選ばれたのは張松。彼は蜀四十一州図という蜀の地理物産などすべてを記した絵地図を携えて許昌の都に出発しました。
 ところが都についてみると、張松が小男で風采も上がらないことから侮りを受け曹操にひどい扱いを受けます。絵地図を用意したのはもし曹操が名君なら暗愚な劉璋に代わって曹操に蜀を治めてもらうためでした。この事は同志の法正や孟達しか知らない秘事中の秘事でした。
 怒った張松は帰途仁君と評判の高い荊州の劉備のもとを訪れます。すると曹操とは違い厚い歓迎を受けました。張松は蜀を託すのはこの人しかいないと携えてきた四十一図を献上します。もし蜀を攻めるときは内応を約束して帰りました。
蜀に戻った張松は、張魯の侵略を防ぐためには荊州の劉備を頼るしかないと進言します。これには反対意見が続出しますが劉璋は実際に外を見てきた張松の言葉を信用し早速劉備に援軍を依頼する使者を出します。
 これを受けて劉備は、荊州の留守に諸葛亮、関羽、張飛、趙雲を残し参謀に龐統を配し黄忠、魏延、劉封(劉備の養子)を大将とする五万の軍で出発します。
 蜀に入ると劉璋は劉備軍を出迎え歓迎の宴を開きました。荊州へ使者に立ちそのまま劉備軍に同行していた法正や軍師龐統はこの機会を利用して劉璋を殺すよう進言します。ところが暗愚とはいえ好人物の劉璋を殺すに忍びないと劉備はこれを拒否しました。
 劉備軍は、真面目に張魯の侵略軍と戦い蜀を守ります。しかし蜀内部では劉備がいずれは蜀を乗っ取るのではないかとますます警戒を深めました。
 そんな中、東では曹操が孫権の呉を攻撃します。同盟国として援軍を求められた劉備は、龐統からこの機会に劉璋の真意を図るため兵五万と莫大な兵糧を借りたいと申し出るよう進言されます。ところが劉璋は重臣たちの反対にあい戦に耐えない老兵二千とわずかばかりな兵糧を贈るのみでした。
 さすがの劉備もこれには怒り、蜀を攻め取る決意をします。劉備が呉を助けるため帰国すると勘違いした張松がそれを諌める手紙を書いたところ、ひょんなことからそれが発覚し張松は処刑されてしまいました。
 この事件により両者の対立は決定的になります。劉備は益州の首都成都を攻めるため軍を二手に分け一軍を軍師龐統に任せました。ところが出発の前龐統の乗る馬が急に暴れ出し落馬してしまいます。劉備は自分の馬を彼に与え、心配して出陣を見合わせるよう説得しました。が、龐統は笑って断り兵を率いて出発しました。
 途中、龐統軍は落鳳坡というところに差し掛かります。自分の号が「鳳雛」であることに不吉な予感を覚えた龐統は道を変えようとしますが、時すでに遅く待ちかまえていた張任の伏兵に矢を射かけられ絶命します。乗っていた馬が劉備の馬だったので勘違いされて殺されたのです。享年36歳。
 これにより不利になった劉備軍は葭萌関(かぼうかん)に立て籠もりました。報告を受けた諸葛亮は荊州の留守を関羽に任せると張飛・趙雲を連れ二万の援軍を率いて出発します。
 諸葛亮の援軍と合流した劉備は、214年ついに成都を落とし益州を平定しました。こうしてようやく天下三分は成ります。蜀平定の過程で張魯の将として劉備と対決した馬超も説得され帰順、関羽・張飛・趙雲・黄忠といわゆる五虎大将の体制が完成しました。劉備は蜀の旧臣の中でも有能な人材はどんどん抜擢し国内を固めます。
 次回は、漢中を巡る劉備と曹操の戦いと荊州の危機を描きます。

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