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2013年11月 7日 (木)

三国志Ⅴ  逆臣誅殺

 長安遷都後、ますます暴虐を極めた董卓は一族や腹心を朝廷の高官に取り立て恐怖政治を布きます。長安近郊の郿(び)に難攻不落の城塞を築きこれを郿塢城と称しました。30年分の兵糧と天下の財宝を収め15歳から20歳までの天下の美女を集めさながら天子のような生活を始めます。朝廷はあって無きがごとくなり、董卓に逆らう者は容赦なく粛清されました。
 
 
 そんな中司徒(三公の一つ。行政を司る)王允は秘かに他の朝臣と語らい董卓暗殺の機会を虎視眈々と狙っていました。しかし董卓には呂布が付いているため生半可な方法では返り討ちにあってしまいます。彼らはなんとか呂布と董卓の仲を裂く方法を探っていました。
 
 ここで三国志演義では王允の養女で絶世の美女貂蝉(ちょうせん)が登場するのですが、これは架空の人物で実在しないそうです。ただ貂蝉的な働きをした女性はいたかもしれません。
 
 知らない人はいないと思いますが、一応貂蝉について説明すると王允はまず呂布を貂蝉を引き合わせ側室として差し出す約束をします。その後董卓にも会わせ彼女を董卓に送ったことから呂布と董卓は貂蝉を巡って激しく憎み合うようになりました。貂蝉も王允の策を守り自分を犠牲にしながら董卓と呂布を手玉にとりついに呂布を董卓暗殺団に引き入れることに成功。董卓は呂布によって誅殺され郿塢城に囲われていた貂蝉を救出自宅に連れ帰りました。
 
 ところが、呂布が出陣から返ってみると貂蝉は自害した後。彼女の死に顔は国家のために事を成し終えたという満足の表情を浮かべていました。慟哭する呂布ですが、彼女の残した一片の詩に気付き読んでみるとすべての真相が分かります。絶望した呂布は彼女の遺骸を古井戸に投げ捨てたそうです。
 
 この三国志史上最大のヒロインは、後世色々脚色され広く人口に膾炙しました。真相は分かりませんが、王允一派が呂布に利を食らわせて裏切らせたのは事実だと思います。
 
 
 それにしてもこの呂布という人物、欲望の赴くままに行動する自然児だという印象があります。陰謀をめぐらせて悪を為すというタイプではありませんが、その時々で他人に上手く利用され結果的に悪を行うというところがなぜか憎めないですね。
 
 
 ともかく192年4月、董卓は献帝から帝位を譲るから宮中に参内するようにという使者の言葉を真に受け、のこのこ出かけたところを待ちかまえていた呂布に斬られました。一族の董旻、董璜、謀臣李儒らはその日のうちに捕えられ処刑されます。呂布は一軍を率い董卓の本拠地郿塢城を襲撃しました。董卓の武将であった李傕・郭汜・張済・樊稠は抵抗する愚を悟り城を焼いて西涼に逃亡します。
 
 
 西涼に逃げた李傕らは善後策を協議しました。このまま軍を解散し遠くまで逃げようと話し合っていると、知謀の士として名高かかった賈詡(かく)が口を挟みます。
 
 「諸君がこのまま軍を解散したらそれを捕えるのは地方の捕吏でも容易であろう。ここは軍を纏め一か八か長安に攻めよせるのがよろしい。逃げるのはその後でも良いはずだ」
 
 李傕らは賈詡の進言を採用し軍を長安に返します。呂布とまともに戦っても勝てないので、賈詡の策を取り入れ李傕・郭汜が天険に籠って呂布軍を誘い込み身動きとれなくしている間に張済・樊稠が別動隊を率い間道から長安を急襲、占領してしまいました。呂布は軍を纏め関東(函谷関の東)に去り再び長安は董卓の残党の支配するところとなります。董卓暗殺に加担した王允らは、李傕たちの報復を受け惨たらしい方法で処刑されました。
 
 
 献帝は、この状況に絶望し群臣に命じて長安脱出の機会を探ります。まもなく餓狼の群れにしか過ぎなかった李傕たちは内部抗争を起こし互いに争いました。まず謀反の疑いで樊稠が斬られ驚いた張済は手兵を率いて南陽に脱出しました。この状況に嫌気がさした賈詡も姿を消し残った李傕と郭汜はどちらが皇帝を握って天下に号令するかで戦争を始めます。
 
 両者の混乱を利用した献帝一行は、長安を脱出し洛陽に向かいました。ところが皇帝脱出の報告を受けると両者は再び結託し逃げた皇帝一行を追います。
 
 
 切羽詰まった皇帝一行は、ちかごろ山東の兗州に地盤を築いていた曹操に救援の使者を送りました。果たして曹操はどう動くのか?
 次回は曹操の台頭を描きます。

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