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2014年3月 1日 (土)

ナポレオン常勝伝説Ⅱ  各国の対抗策

 常勝ナポレオンに対して各国はどのような対抗策を講じたのでしょうか?
 
 まず、各国はフランス大陸軍最大の利点が国民皆兵による豊富な兵力とその補充力にあると悟ります。19世紀に入ってもまだまだ各国は傭兵に頼っていました。いち早くこれに気付き、国民軍を採用し常備軍化したのはプロイセンでした。
 
 後にライプチヒの戦いの話の時に詳しく書く予定ですが、イエナ・アウエルシュタットの戦い(1806年)で事実上国軍が壊滅したプロイセンでは、門閥貴族の権威が完全に失墜し平民出身(ハノーバーの富農)のシャルンホルストが急速に台頭、参謀本部初代参謀総長に大抜擢されます。
 
 シャルンホルストは、二代目参謀総長になるグナイゼナウと共にプロイセン陸軍の改革を進めナポレオンの大陸軍(グランダルメ)に匹敵する軍隊を作り上げました。その成果が諸国民戦争とよばれたライプチヒの戦いにつながるのです。ナポレオンは事実上この戦いの敗北で欧州の覇権を失いナポレオン帝国は瓦解します。
 
 他国もプロイセンほど極端ではありませんが、多かれ少なかれ国民軍を採用しました。イギリスの場合はこれとは違い、志願兵制でしたので数は揃いませんが質的にはフランス大陸軍に匹敵するかむしろ凌駕していました。
 
 
 次に各国は師団というものに注目します。師団とは軍隊の編制単位であり、歩兵と騎兵、砲兵を組み合わせ独立で作戦を遂行できる部隊でした。単独で作戦行動でき、大規模な戦いではこれをいくつも集めて挑みます。師団単位の行動は補給の面でも有利でした。
 
 師団という考え方は現代陸軍でも受け継がれています。最初に師団が登場したのは7年戦争時のフランス軍でした。その後フランス革命戦争のとき陸軍大臣ラザール・カルノーによって独立作戦能力が与えられます。ナポレオン時代には11個師団がありました。師団は、プロイセンやオーストリアが最初に採用し世界標準になっていきます。
 
 
 三番目は各国が自分の得意な分野でフランスに対抗したことです。イギリスは海軍力で、オーストリアは外交で、スペインはゲリラ戦で。これらはフランスが不得意な分野か対応が難しい分野でしたので効果がありました。
 
 さらに、各国はフランス軍の弱点に気づきます。というのも天才ナポレオンは一人しかいないという点でした。イギリス軍に顕著な傾向で、ナポレオンの居る戦場では現状維持、居ない戦場では攻勢に出て大局的に追い詰めるという戦法です。ウェリントン卿アーサー・ウェルズリーは最初ナポレオン不在のポルトガルに派遣されスペインで徹底的にフランス軍を苦しめます。
 
 
 大陸軍の将帥もそれぞれ優秀でしたが、ナポレオンが余りにも天才過ぎたために彼の指揮を受けて動く場合は大きな働きができてもいざ独立して行動するときには思うように動けなかったといいます。スペイン戦役はその悪いところが出た戦いでした。
 
 
 最後に、フランス大陸軍はナポレオンの個人的力量が大きな要素であったためナポレオンが直接指揮できる10万以下の規模の時が最も強かったということが挙げられます。大軍になればなるほど大陸軍が弱体化したのはその表れです。一方プロイセンは1808年参謀本部を創設し、訓令統帥という手法を採用します。
 
 訓令統帥とは、参謀本部が戦略の大方針を決め各部隊はそれに従って動くというものです。各部隊には参謀本部から参謀が派遣され、指揮官に助言し本部と連絡を取りながら部隊を動かしました。いわば組織力で勝負したといえます。
 
 この訓令統帥は、唯一フランスの真似ではなくプロイセン独自のものでした。参謀システムも各国の模倣するところとなりますがここまで徹底したのはプロイセンだけです。後に普仏戦争でプロイセン軍がフランス軍を圧倒出来た理由の一つがこれでした。

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コメント

参謀、参謀本部というと現場の苦境をあえて無視し、
勝ったら自分の手柄、負けたら現場の下級士官らの
セィにして詰め腹を切らしチョン!
ャバくなったら真っ先に本国に逃げ帰り、その時間稼
ぎに現場の守備隊に撤退を許さず玉砕と言う美名の
全滅、を強要するロクでもない奴ら、人間のクズ を
連想するんだが・・・戦後教育に毒されてますかね;

2019年12月28日 (土) 21時33分のコメントを頂いた方、大戦中の日本の軍令部、参謀本部のおかげで悪いイメージがありますね。本来の参謀本部は国家の存亡を司る重要な部署であるはずなんです。

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