2023年2月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28        
無料ブログはココログ

« テカムセの呪い | トップページ | ルイ16世は、やりようによっては死ななくても良かったのでは? »

2019年2月28日 (木)

北アメリカ大陸の農耕の歴史

 インディアン話の続きなんですが、なぜ彼らは少数者であったイギリス人をはじめとする欧州の白人たちに土地を奪われ殺され駆逐されていったか考えていたんです。私はインディアン側もそこまで人口が多くなかったのではないかと想像しました。
 いきなり話は飛びますが、一般に人類の農耕の起源は1万年前中東のシリアで小麦を栽培したのが始まりだと言われます。最新の研究ではイスラエルのガリラヤ湖岸2万3千年前の遺跡で農耕の痕跡(オオムギ、ライムギ、エンバク、エンメル麦)が見つかったそうなので、もっと遡れるかもしれません。稲作も同じく1万年前長江流域から華南地方一帯が起源だとされます。
 一方、南北アメリカ大陸で栽培が始まった植物、トウモロコシは中米で7500年前、ジャガイモは南米チリやペルーの高原地帯で9000年前。これらはまず野生種がありそれを人々が品種改良に努力し主食として栽培を始めました。
 南北アメリカ大陸のジャガイモの栽培が始まったペルー高原でインカ文明が、トウモロコシの栽培が始まった中米でマヤやアステカ文明が発祥したのは偶然ではありません。豊かな農業生産で大人口を養える基盤があったからこそ文明が始まったと言えます。
 では現在のアメリカ合衆国に住んでいたインディアン(本来はネイティブ・アメリカンと言うべきだが前記事との関連であえてインディアンと表記)たちはどうだったのでしょうか?基本的に彼らは狩猟採集の民でした。1万5千年前氷河期で凍結したベーリング海峡を渡って北米大陸に至った彼らは、マンモスを狩る民でしたので、その生活が続いたのでしょう。
 もちろん小規模な農耕はしていたはずで、アステカ文明圏からトウモロコシなどの穀物も伝わっていたかもしれません。ただ気候の関係かどうかは分かりませんが、インカやマヤ、アステカのような大人口を養うまでには至っていたかったのだと思います。いわば人口希薄地だったのでしょう。
 イギリス人をはじめとする白人たちは、その隙間を利用して入植し、移民をどんどん受け入れ人口を増やしインディアンたちを圧迫し、土地を奪い追い出したと考えられます。もし東部13州地域にインカ帝国のように人口1千万以上インディアンが住んでいれば絶対に入り込めなかったはずなんです。白人たちは寒冷地での農耕に長けていたため、北米でも小麦などを大規模に栽培できました。
 もちろん武器の違いもあったと思います。軍事力と農業生産力を背景にした人口増加で白人たちはインディアンを追い出し土地を占領していきました。現在ネイティブ・アメリカンの居留地はアメリカ中央部から西部にかけての貧しい荒廃した土地に分布しています。これらは白人によって強制移住させられたもので、農耕に向かない荒れ地だから残ったとも言えます。白人の侵略の過程で多くのインディアンの部族が滅亡したことでしょう。
 そう考えると、移民大国アメリカ合衆国の別の、そして暗黒の側面が見えてきますね。インディアン迫害はアメリカの原罪だとも言えます。

« テカムセの呪い | トップページ | ルイ16世は、やりようによっては死ななくても良かったのでは? »

 世界史」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 北アメリカ大陸の農耕の歴史:

« テカムセの呪い | トップページ | ルイ16世は、やりようによっては死ななくても良かったのでは? »