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2019年2月28日 (木)

パータリプトラ  - 世界の都市の物語 -

 パータリプトラは現在のインド・ビハール州の州都パトナにあたります。仏典やインド古代史に詳しい方じゃないと分からないと思いますが、この地は古代インドで強勢を誇ったマガダ国の首都です。世界史で習ったアショカ王のマウリア朝も正式にはマウリア朝マガダ国です。次のシュンガ朝もグプタ朝もパータリプトラを首都としていた以上、すべてマガダ国と言えます。
 釈尊の初期仏教集団を保護したビンビサーラ王(在位紀元前6世紀頃~紀元前5世紀頃)は、過去記事で書いたマハーパドマのナンダ朝に滅ぼされたシシュナーガ朝の王だとされますが、異説もありそのひとつ前の王朝の王だったとも言われます。このシシュナーガ朝もナンダ朝もマガダ国です。
 マガダ国は日本で言ったら大和に当たるのでしょう。平城京であれ藤原京であれ大和盆地の中(例外があり近隣の摂津とか近江に移っても)、大和王朝(=日本)と言われるはずで、マガダ国はインド文明の揺籃の地と言ってよいかもしれません。
 仏典に詳しい方なら、マガダ国の最初の首都はラージャグリハ(現在のビハール州ラージギル)だったと記憶されているでしょう。仏典では王舎城の名で出てきますよね。北インドでは珍しく温泉の湧き出る山間の盆地でパータリプトラからは南東に80㎞離れています。ビンビサーラ王の時代はラージャグリハが首都で、釈尊はここでビンビサーラ王と会見しました。
 ではラージャグリハからパータリプトラにいつ首都が移ったかですが、調べるとビンビサーラ王の息子アジャータシャトル王の時代でした。この人も仏典に出てきますし、巨匠手塚治虫の『ブッダ』にもアジャセ王子(のちの王)として登場しますよね。ビンビサーラとアジャータシャトルの親子は対立し、父が息子によって殺されるという悲劇の結末を迎えますが、王となったアジャータシャトルは外征に都合の良いガンジス河沿いのパータリプトラを新首都として建設し遷都したそうです。
 旧都ラージャグリハは遷都する直前紀元前5世紀前後には人口10万を数える古代有数の大都市でした。パータリプトラは交通の要衝だったことから、マガダ国の発展に従ってどんどん人口が流入しBC3世紀頃には人口40万人を突破します。これはちょうどマウリア朝の時代に当たり、インド亜大陸全体の首都として大発展を遂げたのでしょう。
 次にインド亜大陸をほぼ統一したグプタ朝の時代は何故か人口15万~20万人に減っています。あくまで推定ですが、その間の戦争で荒廃と再興を繰り返したからでしょう。7世紀前半に興ったインド・アーリア人による最後の統一王朝ヴァルダナ朝はカナウジに首都を移しパータリプトラは衰退します。カナウジは8世紀には100万都市に発展しました。その後、イスラム勢力の侵入によって首都がデリーに移り現在に至っています。
 パータリプトラの後身パトナは2011年現在人口168万人。ニューデリーの人口が約250万ですから人口的にはまあまあ健闘しています。パータリプトラやラージャグリハには仏教遺跡が数多く残されているそうですから、いつかは訪れてみたいですね。私は手塚治虫の『ブッダ』の大ファンなんですよ。

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