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2019年2月28日 (木)

テカムセの呪い

 南北アメリカ大陸に人類が住み始めたのは1万5千年前だと言われます。氷河期、凍結したベーリング海峡をマンモスを追いながら北米大陸に至った人たちは1000年かけて南米大陸最南端フエゴ島まで到達しました。彼らはもともとアジア人ですが、コロンブスが新大陸に到達したときこの地をインドと勘違いしたことからインディアンと呼ばれます。現在ではこれらアメリカ先住民族をネイティブ・アメリカンと総称しています。
 さて、イギリスの植民地だった北米の東部13州は独立戦争に勝利し1776年アメリカ合衆国となりました。この地は、農業の適地で移民も広く受け入れたため急発展します。特に南部は綿花栽培のプランテーション経営で欧州へ輸出するほどに成長。また北部には工業が発達し新興ながら侮れない国となりました。
 急速に発展するアメリカは、1783年ミシシッピー河東岸のイリノイ、アラバマ、テネシーなどをイギリスから割譲されます。さらにアメリカは西へと進出を続けました。
 ところで、土地を売ったり買ったり割譲したりするのはあくまで欧米人の都合でした。当然、この地にはもともとインディアンが住んでいたわけで、彼らは住んでいる土地を奪われ抵抗すれば殺されました。最初北米大陸に上陸したイギリスの移民に食料を提供したり農業の仕方を教えていたインディアンですが、恩を仇で返されたわけです。
 1768年頃、オハイオ州あたりにテカムセは誕生しました。ショーニー族の酋長でした。自分たちの土地を勝手に奪う白人に対し反発が生まれたのは当然です。彼は成長すると周辺のチェロキー、チョクトー、クリーク、ミシシッピー河上流のサック、スー族らと連合し1811年侵略者アメリカ合衆国に対し戦争を起こします。これに目をつけたのがイギリスで、アメリカに嫌がらせをするためあからさまにインディアン部族連合を支援しました。
 インディアンは合議制を基本とする平等社会だったため、テカムセが指導者として全軍を指揮したわけではありませんでしたが、アメリカに対する抵抗運動の象徴として暗黙の指揮権はあったと思います。テカムセは、弟で呪術者のテンスクワタワと共に、合衆国から反乱の首謀者として付け狙われました。
 最初の激突は、1811年11月7日インディアナ州バトルグラウンド近くのティッペカヌーで起こります。インディアン側の人口も少なく、合衆国政府も兵站に不安があったため戦闘の規模自体は小さいものでしたが、ハリソン率いる1000名の部隊は今日のテレホート近くにハリソン砦を構築、ハリソン隊はここを起点にプロフェッツタウンに進出しました。最初インディアン側は和平を模索していたようですが、和平交渉のもつれから戦闘に発展しインディアン連合500名と激突します。米軍側戦死者68名、戦傷者120名、一方インディアン側は戦死者50名、戦傷者80名を出しました。
 この戦闘にテカムセは不在で、インディアン側はこれ以上の損害を恐れ撤退します。一応アメリカ側の辛勝ではありましたが、この時の戦功で後にハリソンはアメリカ合衆国大統領になりました。敗戦を受けてテカムセは動揺するインディアン連合を再編成することに苦労します。1812年米英戦争が勃発すると、テカムセはカナダのイギリス軍に協力しました。テカムセはイギリス軍と共にデトロイトを占領するなど活躍しますが、オリバー・ハザード・ペリー率いるアメリカ軍がエリー湖の戦いでイギリス軍を撃破すると補給路を断たれアメリカに進軍したイギリス軍は窮地に立たされます。イギリス軍司令官が戦死したことでテカムセたちインディアン連合は後ろ盾を失いました。
 巻き返したアメリカ軍によって1813年テムズの戦いで敗北、その後の掃討戦でテカムセはアメリカ軍に殺されます。弟で呪術者のテンスクワタワは兄と同じ場所かどうかは不明ですがこれも戦死しました。ここで終われば白人の侵略者に対するインディアン側の抵抗者として終わる話です。ところが、その後不可思議としか言いようのない出来事が起こります。
 1840年に大統領に選出されたウィリアム・H・ハリソン。まさにテカムセ戦争の関係者ですが、任期途中の1841年肺炎にて死去。1860年選出のエイブラハム・リンカーン大統領はご存知の通り暗殺。1880年選出ガーフィールド大統領も暗殺。1900年選出マッキンリー大統領暗殺。1920年ハーディング任期中に心臓発作で死去。1940年選出フランクリン・D・ルーズベルトも任期を全うせず脳溢血で死去。1960年は有名なジョン・F・ケネディ大統領も皆さんご存知の通りダラスで暗殺されています。1980年のレーガン大統領で20年ごとに訪れるこの不吉な連鎖は止まったと言われましたが、レーガン自身も銃撃されあと数ミリずれていたら危なかったと言われました。生還したのは現代医学のおかげです。
 アメリカの人々は、これをテカムセの呪いだと考え恐れおののきました。というのもテカムセが死の間際アメリカに呪いをかけたと噂されていたからです。呪い自体は2000年選出のジョージ・W・ブッシュが健在なため解けたとも言われますが、口の悪い者は「いくら強力な呪いでもアホには通用しなかったのだ」などと酷いことを言っています。別の意見では大統領が死ぬ代わりに9.11で多くのアメリカ人が犠牲になったので2000年の呪いも継続中だとされます。2020年に選出される大統領は果たしてテカムセの呪いを跳ね返せるでしょうか?
 あまりにも荒唐無稽でにわかには信じられない話ですが、アメリカの白人たちにインディアンを虐待したという負い目があるために呪いという話になったとも考えられます。どちらにしろ過去に犯した悪行はいつか報いが来るという事なのでしょう。

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