中東戦争航空戦Ⅲ ヨム・キプールからレバノン侵攻(1982年)まで
ヨム・キプール戦争(第4次中東戦争)はアラブ諸国がイスラエルの油断に付け込んだ戦争でしたが、結局アメリカの全面支援を受けたイスラエルとはまともに戦ったらとても勝てないとアラブ側が悟った戦争でもありました。
1979年3月、キャンプデービット合意を受けてエジプトのサダト大統領、イスラエルのベギン首相の間で劇的な単独和平が実現します。人口6000万を数えるアラブ随一の大国であるエジプトの脱落は他のアラブ諸国の間に恐慌をもたらしました。
エジプトは、これによってイスラエル占領下にあった自国領シナイ半島を取り戻したのですから名を捨てて実を取った形です。しかし同じくイスラエルに占領されたゴラン高原を抱えるシリアは頑なにイスラエルとの和平を拒否しました。
空軍においても、イスラエルは最も手ごわいエジプト空軍を相手にしなくて済むようになったのは幸いでした。イスラエルの評価では量はもちろんパイロットの質においてもエジプト空軍をアラブ最強と目していました。イラク・ヨルダンがこれに次ぎもっとも低評価なのがシリア。
同じようにソ連の援助を受け訓練をしてきたはずですからこの差は謎です。あるいは民族性の違いでしょうか?エジプト人の方が現実主義で資金もあるためより実戦的で訓練を長くできるメリットがあったのかもしれません。
ヨム・キプール戦争の後各国はより軍備を増強していきます。イスラエルはアメリカ製のマクダネルダグラスF-15イーグル、ジェネラルダイナミックスF-16ファイティングファルコン、早期警戒機E-2Cホークアイなどを購入しました。
エジプトは、ソ連製兵器に見切りをつけアメリカ製F-16を導入します。このあたりエジプト人の現実主義が見えて面白いですね。一方、シリアはソ連製のMiG-23、MiG-25、MiG-27、Su-20などを導入し空軍の近代化を図りました。
正規戦で駄目ならゲリラ戦というのが常道ですが、シリアはPLO(パレスチナ解放機構)などのアラブゲリラ組織を支援して主にレバノン南部に展開させます。アラブゲリラは越境攻撃、テロなどを繰り返しイスラエルを苦しめました。業を煮やしたイスラエルはレバノン南部のゲリラ拠点を空爆してこれに応えます。シリアは空軍機を派遣してイスラエル機を妨害しましたからレバノン上空は両軍の空中戦が頻繁に発生しました。
1979年6月、レバノン沖に展開したE-2Cは十数機のシリア軍機がイスラエル機に近づくのを発見します。レーダー管制によって導かれたイスラエル軍機はこれに襲いかかりました。この時初めてF-15イーグルが実戦に参加したとされます。
結果はイスラエル側の圧勝。シリア軍のMiG-21を5機撃墜、2機に損傷を与え自軍の被害ゼロというパーフェクトゲームを演じています。F-15はF-22ラプターが登場するまで世界最強の制空戦闘機だと言われました。イスラエルは公式には空戦で撃墜されたイーグルは1機もないと発表しています。しかしこれに疑問を挟む声もあります。というのはレバノン上空では十数機から時には数十機単位の空戦がしばしば発生したため、それこそ「下手な鉄砲も数撃てば当たる」で撃墜されたイーグルがあった可能性もあるのです。実際シリアはイーグルの撃墜を主張しています。
F-15イーグルは生存性が高い戦闘機である事は事実です。2基あるうちのエンジン1基が被弾しても、もう一つに被害が広がりにくい構造で片肺で帰還したイーグルもありました。ですからシリア軍の誤認という可能性も捨てきれませんが…。
1982年6月、いたちごっこに業を煮やしたイスラエルは「ガリラヤ平和作戦」を発動、地上軍をレバノン南部に侵攻させます。この時レバノン南部ベッカー高原で熾烈な戦車戦が発生します。両軍合わせて1000両近い戦車の激突でした。ここでもイスラエル軍は圧勝します。イスラエル国産のメルカバ戦車を含む西側兵器の優秀性をまざまざと見せつけられた戦闘でもありました。
空中でも激しい戦闘が起こります。両軍とも100機以上を投入した本格的なものでした。6月中旬になるとイスラエルの優位が決定的になり西ベイルートに展開していたシリア・PLO両軍は包囲され全滅の危機に瀕しました。
アラブ諸国は調停に乗り出し、PLOがレバノン国内から撤退することを条件に7月ようやく和平が成立します。ただアラブゲリラの強硬派はレバノン国内に依然居座ったためイスラエル軍が完全撤退したのは1985年でした。
この戦闘における航空機の損害は、イスラエル空軍3機、シリア空軍91機という恐るべき大差でした。もちろんこれはイスラエルの公式発表で実際はもう少し損害が多いとは思いますが、それにしても圧勝である事には変わりありません。
バビロン作戦、シリア原子炉空爆、チュニスPLO本部空爆などをみると、最新の兵器と世界有数の技量をもつイスラエル空軍の中東における優位は当分揺るぎそうもないでしょう。
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