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2019年3月25日 (月)

世界史上難攻不落の城、城塞都市ターボル

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 チェコの首都プラハの南方80㎞、ルジュニツェ川と湖沼に囲まれた高台の上にターボルはあります。ここはフス戦争の時、ヤン・ジシュカ率いるフス派の根拠地として築城されました。実は前記事マリエンブルク城の戦いと関係なくもないんです。フス派はヤン・フスが起こしたカトリック改革運動でプロテスタントの先駆けともいうべき宗派でした。カトリックの権威を背景にしたドイツ騎士団の北方十字軍に対抗するため、ヤン・ジシュカは義勇兵を率いポーランド王国軍の援軍として1410年タンネンベルクの戦いに参加しています。


 


 神聖ローマ皇帝ジキスムントの宗教弾圧に我慢の限界を超えたフス派は1419年ついに立ち上がります。ターボルはフス派抵抗の象徴であり難攻不落を誇りました。10年間、神聖ローマ皇帝が組織した対フス派十字軍を寄せ付けなかったそうですから凄まじい。フス戦争はヨーロッパ史上初めて火器(初期の鉄砲)を使った戦いとしても有名で、ターボルはそれに備えた欧州初の城塞都市だったとも言えます。


 


 ドイツ騎士団との戦争に援軍として来てくれた恩返しにフス戦争では逆にポーランド王国からフス派義勇兵が6000人も派遣されたそうです。神聖ローマ帝国軍は騎士が主力。いわばプロの軍隊をフス派の農民兵はマスケット銃を最大限に活用して圧倒しました。ヤン・ジシュカも名将で何度も十字軍を撃破します。ただ、ボヘミア(現在のチェコ)は戦乱で荒廃しました。ヤン・ジシュカが1424年ペストで病没するとフス派は内紛で弱体化、1434年までに完全に鎮圧されます。


 


 城塞都市ターボルも神聖ローマ皇帝の統制下におかれますが、戦いで落城したわけではないので難攻不落の城塞都市だったと言えるでしょう。

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