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2019年3月 2日 (土)

ベトナム航空戦Ⅱ    書き忘れた事など

 前記事で端折りすぎて書き忘れた事があったので補足的に記事にします。なんでこんなに間が開いたかというとその間世の中で色々な事があったからなんですね(笑)。
 
 ベトナム戦争は現代電子戦の走りともいえる戦争であったという事は前記事で書きました。色々調べていくと「えっ、こんなものまでベトナム戦争が最初なの?」と驚かれると思います。
 
 
 
◎まずはソ連の全面支援を受けた北ベトナム軍のほうから
 
◆防空コンプレックスとコンピュータ
 
 レーダーで統制し対空機関砲やミサイルを発射して敵航空機を撃滅する方法は昔からありました。ところがベトナム戦争では85㎜など第2次世界大戦中のような大口径高射砲が米軍のジェット戦闘機を撃墜しています。
 
 手動装填式の火砲でどうして音速を超えるジェット機を撃墜できるのか疑問に思われる方も多いと思います。これら高射砲はジェット機の登場と共に退役したという印象が強いでしょう。弾道計算と目標の飛行速度を連動し正確な射撃をしないといけないからです。実はそれを解決する方法として導入されたのがコンピュータです。
 
 レーダーと連動したコンピュータによって一瞬で射角計算し正確な射撃ができるようになったのです。
 
 
◆個人携帯地対空ミサイル
 
 実は低空を飛行するヘリや低速の輸送機ならRPG-7のような無誘導の対戦車ロケットでも撃墜できるんです。アフガンやチェチェンでもそのような実例がありますよね。加えて航空戦で劣勢の北ベトナムは赤外線ホーミングのソ連製SA-7を導入しました。最大射程で3~4km。ますます米軍機の被害は続出します。
 
 
 
 
 
◎これに対しアメリカは当時から技術の最先端を行っていました。
 
◆チャフ・フレア
 
 名前くらいは聞いた事があるでしょう。レーダーと連動したソ連式防空コンプレックスに苦しめられた米軍の対抗手段がこれです。チャフとは電波を反射する物体を空中散布し一時的に敵レーダー探知を妨害する防御兵器です。初期(第2次世界大戦時)には銀紙がつかわれました。最近ではプラスチックフイルムやワイヤーにアルミを蒸着されたものが使われています。
 
 チャフはレーダー探知やレーダー誘導のミサイルに対しての対抗手段でしたが、赤外線ホーミングのミサイルにはフレアが使われます。名前からだいたい想像できると思いますが、これはマグネシウムなど燃えやすい金属を射出し排気口から出る赤外線と同じ周波数帯になるように燃焼させて敵ミサイルを欺瞞する兵器です。
 
 
◆電子戦ポッド
 
 チャフやフレアは一時的な無力化にすぎませんでした。そこで米軍はレーダー警報装置(RHAW)やALQ-71、ALQ-87のような各種ジャミング装置を開発、実戦投入します。これらは敵レーダの探知を妨害したり、妨害電波でレーダーそのものを壊したり、レーダーホーミングを狂わせたりと様々な局面で活躍しました。
 
 F-105サンダーチーフが被害を続出しながらも実戦に投入され続けたのは6.7トンと搭載力に余裕があり第2次大戦期の軽爆以上の能力を持っていたからです。もともと核を搭載し敵地を核攻撃する戦闘爆撃機として開発されたサンダーチーフは爆弾・電子線ポッド・空対空ミサイルと用途に合わせて様々な搭載バリエーションを持っていました。サンダーチーフの出現が軽爆を一気に旧式化したと言われる所以です。
 
 
◆レーザー誘導爆弾
 
実はこれもベトナム戦争デビューです。単機でも編隊でも使用でき、先頭の機体が地上目標にレーザー照射し、爆撃任務機はその目標に爆弾のシーカーを向けて投下すると数十センチの誤差で命中するという現在のスマート爆弾の走りでした。それまでの自由落下式の通常爆弾とは比べ物にならない高命中率で一説では90%以上とも言われる画期的兵器でした。
 
 
 
 1960年代から70年代にかけて現代に通じる技術を使用して戦争していたんですからアメリカ恐るべしです。まだまだ日本の防衛体制は甘いと言わざるを得ません。

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