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2019年3月 2日 (土)

日米開戦直前、米陸軍戦闘序列

Usasidan

 我ながら暇だとは思うんですが、1941年12月というまさに真珠湾攻撃直前のアメリカ陸軍の戦闘序列(Order of battle)です。
 何かの資料で、日米戦争に突入する前の両軍師団数は51個で拮抗していたというのを見た記憶があるのですが、調べてみると48個しかありません。海兵隊の師団を含めての数なのか、数個ある本土防衛用の砲兵師団を合わせた数なのか不明です。
 アメリカの資料が元なので、ハワイ軍区はハワイ州軍の方が適当かもしれません。NATO記号の表記から意訳しただけなので。戦史に詳しい方、ご教授ください。あとフィリピン防衛の極東軍隷下の軍団も米資料では軍となっていたのですが、これもNATO兵科記号から軍団とするのが適当だと判断しました。
 この表を作成して一番驚いたのは極東軍が12個師団もあった事!よく日本軍は勝てたなと改めて思いました。おそらく植民地軍なので装備も悪く士気も弛緩していたのでしょう。
 もう一つ、アメリカ陸軍も最初は機甲師団の集中運用を考えていたということに感心しました。あまり戦車の数も揃わなかったんでしょうね。ところが、最終的に5万両も生産されたM4シャーマン中戦車シリーズが登場すると戦車が余りまくり、機甲師団20個の他に普通の歩兵師団にも1個戦車大隊を組み込むという贅沢ぶり。わずか4個の戦車師団を旧式の九七式中戦車(さすがに新砲塔チハだとは思うが…)までかき集めて作った日本陸軍の惨状を考えると涙が出てきます。
 世界一のチート国家と言われたアメリカの恐ろしさが良く分かりますね。こんな国相手に日本はよく頑張りましたよ。
追伸:
 第1軍第6軍団と極東軍の南部ルソン軍団に同じ第1歩兵師団がありますが、フィリピンの方は植民地軍の第1歩兵師団かもしれません。なにせアメリカの某軍事専門サイトの資料が元ですので、わたしでは確認しようがありません。

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