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2019年3月25日 (月)

世界史上難攻不落の城、マリエンブルク城

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Marien

 日本の城ベスト30に不満があったので私が独自に選ぶベスト10を書こうと思っているんですが、まずは世界の難攻不落の城をいくつか見ていこうかと思います。

 


 名前を聞いてもよほど世界史に詳しい方じゃないとご存じないと思いますが、この城はポーランドにあります。マリエンブルクはドイツ語読みで、ポーランドではマルボルクと呼ばれています。実はこの城、ドイツ騎士団領(1224年~1525年)の首都でした。ドイツ騎士団はもともと十字軍戦争時代パレスチナで聖地エルサレムに巡礼するドイツ人を保護するために結成されます。

 


 ところがご存知の通り十字軍運動は失敗、行き所を失ったドイツ騎士団は現在のポーランド北部からバルト三国に至る異教徒をキリスト教に改宗させるという大義名分で東方植民を開始しました。その実態は侵略で、騎士団が支配する強力な軍事国家でした。ある程度領土を獲得すると隣国ポーランドはカトリック、東隣のノブゴロド公国もカトリック、ロシアの前身であるモスクワ大公国はギリシャ正教とキリスト教圏なので改宗という大義名分が使えなくなりました。

 


 唯一の非キリスト教国だったリトアニアに侵略の矛先を向けたものの、リトアニアはカトリックに改宗の上隣国ポーランドと同君連合を組むという離れ業でこれを阻みます。当時のドイツ騎士団総長ユンギンゲンはリトアニアがキリスト教に偽装改宗をしていると言いがかりをつけ、ボヘミア、ハンガリーと同盟を結び北方十字軍を結成しました。同じキリスト教国に対する十字軍というのは異常でしたが、勝てばどうとでも言い訳できるとユンギンゲンは踏んだのでしょう。

 


 1410年、ドイツ騎士団はポーランド・リトアニア合同と戦端を開きます。これが有名なタンネンベルクの戦いですが、敵を侮ったドイツ騎士団は完敗、騎士団長ユンギンゲンが戦死するほどの壊滅的打撃を受けます。勝ち誇ったポーランド・リトアニア連合軍は騎士団領の首都マリエンブルク城を囲みました。

 


 マリエンブルクは、ポーランド中央を南北に流れる大河ヴィスワ河下流東岸にありました。河口西岸はハンザ同盟にも加盟している最重要港湾都市ダンチヒ(現在のグダニスク)、マリエンブルクはドイツ本土と東プロイセンを結ぶ要衝にありました。ポーランド・リトアニア連合軍はマリエンブルクを包囲しますが、敗残兵ばかりのドイツ騎士団に苦戦します。マリエンブルク城は城塞都市でおそらく市民も防衛戦に参加したのでしょう。攻囲2か月、騎士団側にリヴォニア騎士団の援軍が近づきつつあるという報告を受け、ついに連合軍は包囲を解いて撤退しました。

 


 当時の画像(推測)をみると、深い堀と高い城壁に囲まれ一見して難攻不落と分かります。ドイツ騎士団としてもここが落城すると領域支配が崩壊するので特に念入りに築城したんでしょうね。

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