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2019年6月 1日 (土)

ノルマンディー上陸作戦時、ドイツB軍集団戦闘序列

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B

 

 この記事は過去記事の「ノルマンディー上陸作戦時、連合軍戦闘序列」と対になっています。

 戦記物などでも連合軍の戦闘序列は良く紹介してあると思うんですが、防御側のドイツ軍B軍集団の戦闘序列は貴重だと思い記事にしました。ちなみにB軍集団司令官は有名なロンメル元帥です。色付けしているのは、一応一線級の師団です。それ以外は、日本の本土決戦時の貼り付け師団と同じで持ち場に留まって防御する二線級師団でした。B軍集団隷下部隊のうち3個装甲師団、12個歩兵師団が日本の本土決戦時の機動打撃師団に当たるのでしょう。

 実は西部戦線には他にも装甲師団があったんですが、ヒトラーは虎の子の装甲師団の消耗を嫌い前線のロンメルに与えませんでした。北アフリカ戦線で連合軍の物量に痛い目に遭ったロンメルは、水際防御じゃなければ膨大な連合軍に押し切られてしまうとヒトラーに直談判しました。その結果与えられたのがわずか3個装甲師団。それ以外の装甲師団(例えば装甲教導師団やSSの各装甲師団など)は後方の予備部隊に回されます。

 こんな状況では、流石のロンメルも防御できなかったんでしょう。といって、ロンメルが西部戦線のすべての装甲師団を掌握しノルマンディーの戦いで連合軍を押し返しても、いずれは物量に勝る連合軍に突破されたと思います。歴史にIFは禁物ですが、ドイツ軍にとって理想的展開になったとしても敗戦を遅らせる効果しかなかったのでしょう。

 

 

 

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