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2019年5月 4日 (土)

テキサス問題と米墨戦争

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 1776年の独立以来膨張を続けるアメリカ合衆国。イギリスの植民地だったミシシッピ河東岸を獲得したのは1700年代末から1800年代初頭にかけてでした。当時人口の大半はアパラチア山脈から大西洋岸にかけての独立した13州とその周辺に密集していました。ただ自由農民による入植がアパラチア山脈以西ミシシッピ河東岸にかけて進んでおり、合衆国政府はさらなるフロンティアとしてミシシッピ河西岸、当時フランス植民地だったルイジアナに目を突けます。ナポレオン戦争最中の1803年、フランスの弱みに付け込む形でルイジアナ買収に成功。アメリカの領土は大きく西に前進しました。

 しかし、現在のテキサス州からカリフォルニア州にかけてのアメリカ南西部はスペイン領でアメリカ自由農民の進出はここで一時ストップします。ところが自由農民の中にはスペイン領テキサスに入植希望する者が出てきました。テキサスのスペイン総督府はこれを認め1821年まず300家族の入植を認めます。スペイン領北アメリカでは1810年メキシコが独立しており、テキサスやカリフォルニアはいわば取り残される形になっていたので、スペイン当局としても人口を増やし国力を蓄えるのが急務だったのでしょう。

 が、孤立したスペイン領北アメリカは間もなくメキシコに編入されました。1831年テキサスの人口は2万人でしたが1836年には5万2千人に増加します。増えた分の大半はアメリカ人で南部同様黒人奴隷を使った綿花のプランテーションを経営していました。メキシコ政府は、このままではテキサスがアメリカに乗っ取られかねないと危機感を抱き、合衆国からの移民を禁止します。合わせてテキサスにおける奴隷制廃止を宣言しました。

 これに対し入植したアメリカ人たちはメキシコ政府の命令を無視、逆に1835年テキサス独立を掲げ武装蜂起します。1836年テキサス独立戦争に発展し、有名なアラモ砦の戦いはこの戦争中に起こった出来事でした。ここまで見てきて加害者はアメリカ入植者、被害者がメキシコ政府だと分かるでしょう。1836年3月、テキサスのアメリカ人たちは一方的に独立を宣言します。

 アメリカ合衆国政府は、独立したテキサスが合衆国編入を希望したため自国に併合するかどうかで紛糾しました。併合賛成派は奴隷州の増加で勢力拡大を図ろうとし、反対派(主に北部)はこれ以上奴隷州が増えることを危惧したのです。この対立は後に南北戦争へと発展しました。結局声の大きい併合賛成派が勝ち1844年テキサスは合衆国に編入されました。

 アメリカ人の西部入植熱は北部と南部で別々の道を歩みます。奴隷制を否定する北部は自由農民が主流で商工業が発達していた為市場に出す商品作物栽培が行われました。一方、南部は綿花を欧州に輸出するため黒人奴隷を使った大規模なプランテーション経営を行います。ですから、西部に進出するにしても北部は自由農民の入植、南部は黒人奴隷のプランテーション中心となりました。テキサスに移民したのは奴隷制の大規模農場経営者が中心で、もともとガラの悪い連中でした。

 領土を強奪された一方的被害者のメキシコが黙って引き下がるはずありません。アメリカとメキシコの対立は先鋭化し1846年ついに米墨戦争が勃発します。時の米大統領ポークはこの戦争を正当化するため「テキサス再征服のためメキシコ軍が一方的に越境し攻撃を加えたので、やむなく応戦するに至った」と議会にメッセージを送ります。この主客を逆転した身勝手なアメリカ政府の態度に怒りを覚えますね。

 戦争は両国とも辺境の地で兵站能力も低かったため米軍7万8千、メキシコ軍4万と小規模なものに終わります。ですが結局数が多いほうが勝ち、米軍はメキシコ領だった太平洋岸に進出、ロサンゼルスなどカリフォルニア各地を占領、テキサスからカリフォルニアに至る広大な地域を占領しました。さらにスコット将軍率いる部隊がカリブ海沿いの重要都市ベラクルスに上陸・占領。その勢いをかって首都メキシコシテイーを占領した時点でついにメキシコは屈します。1847年1月カフエンガ条約でメキシコはテキサスからカリフォルニアに至る北部領土を喪失しました。これはメキシコ領土の3分の1にもあたる広大な土地で、国民の支持を失った時の独裁政権は崩壊、再び中央集権のメキシコ合衆国に戻ります。

 米墨戦争はアメリカによる明らかな侵略戦争でした。正義はメキシコにあると言っても良かったのですが、戦争は勝ったものが正義でメキシコは泣き寝入りせざるを得ませんでした。こうして見てくると国防がいかに重要か分かるでしょう。弱い国は大国に利用されるだけの惨めな存在なのです。米墨戦争の歴史を通じて、日本の国防力を強化しなければいけないと痛感した次第です。

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