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2019年5月16日 (木)

共和政ローマ期の歩兵戦術

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 上の図は、なかなかいい画像がないために自作したものです。見にくいので拡大してください(笑)。

 なんでこの記事を書いたかというと、上記の理由もさることながら昔ネットで買った新紀元社の「共和制ローマの軍隊」をゲームの参考になるかもということで改めて読み直したところ、当時のローマの戦術が結構完成されていたことに今更ながら感心させられたからでございます。いつの頃完成したのかは分かりませんが、少なくともポエニ戦争までにはある程度の骨格は固まっていたと思います。

 私はアレキサンドロス大王の「ハンマーと金床」戦術が古代世界最高の戦術だと評価していたのですが、ローマの戦術も結構柔軟性を持ったものだったと思いまいた。「ハンマーと金床」は大王のような天才が指揮してこそその真価を発揮する戦術ですが、ローマの場合は戦術がマニュアル化しており、誰が指揮してもある程度の質が保てるというところに利点があります。

 上図でも説明していますが、ローマの場合歩兵部隊を3列に分けその前にウェリテス(散兵)を配するという陣形でした。これはマニプル(歩兵中隊)単位でなされたのですが、各戦列1個中隊が3つ合わさってコホルス(歩兵大隊)を形成します。コホルスが10個集まってレギオ(軍団・兵力4200名)でした。

 ローマ軍はいくつかのレギオを横陣に並べ、その両翼に騎兵を配するというのが基本陣形です。ハンニバルなど何人かの軍事的天才以外、この堅陣を破る者はいませんでした。

 例えば、ギリシャのファランクス(長槍密集歩兵陣)は前面に対する攻撃力・防御力は最強でしたが側面・背面に回られれば意外にもろいものでした。しかしマニプル単位で動くローマ軍は密集・散会が柔軟に運用でき、敵の弱点を見つけるとそこに集中的に部隊を集める事ができます。

 もちろん無能な指揮官はその戦機を発見できず敗れるケースもありましたが、一定以上の将官に指揮されたローマ軍はこの利点を生かし戦いに勝利しました。

 また武器の優越もローマ軍の大きな利点でした。先端が極端に細くなっているピルム(三枚目の画像左端のハスタティが持っています)は、通常の槍としても使えますし、投げたら敵の楯に刺さってくの字に曲がるため、重くて楯を持てなくなるのです。

 歩兵の主兵装であるグラディウス(スペイン式短剣)は刃身が非常に強固で切れ味も鋭いものでした。しかも短剣であるため乱戦になっても有効に使えました。これは白兵戦では反抗の手段がない長槍兵にはできない芸当でした。

 しかしローマ軍唯一の弱点は騎兵です。ローマ軍8万の大軍がハンニバルにカンネーで大敗したのは、両翼の騎兵がカルタゴの精鋭ヌミディア騎兵に敗れ両翼包囲を許したからでした。

 ローマ軍は馬を保有する金持ちの市民で形成した自国騎兵部隊に限界を感じ、外国の精強な騎兵を雇う事でこの弱点を克服します。ゲルマンや上記ヌミディア騎兵を自軍に加えたローマ軍は地中海世界最強の存在として覇者になるのです。

 私はアレキサンドロス大王指揮する『ハンマーと金床戦術』のマケドニア軍と、(カエサルはやや時代が違うので)大スキピオ率いる『マニプル戦術』のローマ軍の対決が見たくなりました。そのうち歴史のIFシリーズで検証する予定です。

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