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2019年9月10日 (火)

魏官制

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 非常にマニアックで申し訳ないんですが、せっかく作ったので記事にしました。まだまだ未完成なんですが、三国時代魏の官制です。

 一番左の官品というのは日本でいうところの位階にあたり、一品がだいたい日本の正一位~従一位に当たります。ちなみにこの九品は陳羣が基本を作りました。何故か三国志演義には出てきませんが、名門潁川陳氏出身で演義で活躍した徐州の陳珪、陳登親子とは遠い一族です。徐州時代の劉備に仕えたこともありました。陳羣が作った九品官人法はそれまでの郷挙里選に代わって科挙が一般化するまで歴代王朝の官吏登用の基本制度となります。

 三公というのは周王朝から始まる最高の官職で日本で言えば太政大臣、左大臣、右大臣クラスに当たります。このうち相国というのは非常設の最高官職で共和政ローマで言うなら独裁官、江戸幕府で言うなら大老です。実際の三公は太尉(軍政を司る)、司徒(行政を司る)、司空(監察を司る)が担当しました。

 九卿(きゅうけい)ももともとは実務を司る重要な役所でしたが次第に名誉職化し尚書省から発展した六部にとって代わられました。

 尚書省(詔勅を実行し行政を司る)、中書省(詔勅を起草)、門下省(詔勅を審議)は、三公が次第に名誉職化したのに対し実際に行政を司る部門となりました。唐代には尚書省が拡大しその中から実際の行政機関となった六部(戸部、吏部、礼部、兵部、刑部、工部)が独立します。中書省は門下省と合体し、その長官である中書令や侍中が事実上の宰相となって行きました。

 曹操が就任した事でもおなじみの録尚書事は常設ではなく官僚の第一人者が加官される役職で、事実上の宰相となりました。曹操の代名詞と言えば丞相ですが、これは司徒(大司徒)と被るので漢代に廃止されていましたが後漢末の建安13年に曹操が自ら復活させ就任しました。丞相は宰相と同義です。

 武官も本来なら大将軍が最高位、次いで驃騎(ひょうき)将軍、車騎将軍、衛将軍と続きますが、三国時代から西晋にかけて名誉称号と化していきます。それに代わり大都督中外諸軍事が軍の最高司令官となりました。地方では例えば都督揚州諸軍事、都督雍涼諸軍事という軍司令官が担当し、その名誉称号として将軍が与えられていきます。この都督制度は唐代には節度使に発展します。

 州の行政を担当する刺史と都督がいる場合、都督が軍司令官として刺史を指揮命令しました。後漢末に行政と軍事を司る牧という官職が出現しましたが、戦争が常態化した三国時代にはあまりに地方官に権限を与えすぎると反乱を起こす危険性があるとして都督と刺史とで権力の分散化を図ったのでしょう。

 よほど三国志好きか支那王朝の官職に興味のある方以外はチンプンカンプンだと思いますが、せっかく作ったのでご紹介しました(笑)。

 

 

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