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2019年11月

2019年11月30日 (土)

大日本帝国陸軍師団砲兵連隊戦力

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 我ながら暇だとは思うんですが、大東亜戦争時精強だったと思われる常備師団と特設師団(支那事変で編成)の砲兵連隊の装備火砲の数を調べてみました。砲兵区分の「野」は野砲兵連隊、「山」は山砲兵連隊の略です。

 第25師団に関しては、山砲兵連隊のはずですがこの表では普通の野砲兵連隊になっています。アメリカの軍事サイトの資料なのでリサーチミスか一時的な措置だったかもしれません。第14師団も連隊砲兵といって本来の砲兵連隊ではなく各歩兵連隊に属する小規模の砲兵隊(多くても大隊規模)のはずですが、こちらはペリリュー島守備のために師団隷下の歩兵第2連隊と歩兵第15連隊第3大隊を基幹とする中川支隊を抽出しているため、砲兵戦力を増強したのでしょう。

 見てみて驚いたのは思ったよりも九一式十糎榴弾砲(機動~も含む)が多い事。これは75㎜級の野砲では威力不足が指摘され各国陸軍とも105㎜級榴弾砲を標準装備するのが趨勢になっていたので日本もそれに追随したのでしょう。ただ完全に置き換えられなかったのは日本の工業力の低さなんでしょうね。とはいえ九一式は1000門以上生産されたので日本としては頑張ったほうだと思います。

 75㎜野砲に関しても九〇式七糎半野砲なら優秀なので対戦車砲にも流用できますが、おそらく大半が旧式の改造三八式野砲か、能力の劣る九五式野砲だったと思います。大砲の製造にも工業力が必要だと痛感させられる数値でした。

 ちなみに、近衛第1と近衛第3は数値が見つかりませんでした。本来の近衛師団は近衛第2師団で、他の二つは大戦中に泥縄で編成されたので大した戦力はなかったと思います。砲兵火力も下手したら三八式野砲以前の旧式砲かもしれませんし。

 

 

2019年11月27日 (水)

今更手遅れだけど、韓国がGSOMIAを外交カードにしたのは亡国へ至る悪手だったね

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GSOMIA維持……それでも文在寅政権はアメリカに ... - 文藝春秋

 GSOMIAがどうなろうと、アメリカの警告を無視して外交カードにした時点でアメリカの韓国に対する信頼は地に堕ちると思ってたんですが、やはり報復は程度の差こそあれ着実に行われるようですね。

 韓国に対するF-35A売却停止ですか?現在4機くらい納入されているんでしたっけ?韓国軍はどうする気なんでしょうかね?防空戦略が完全に破綻しますよ。すでに売却した4機に関しても当然重整備拒否でしょうな。F-35の重整備拠点はアジアでは日本とオーストラリアですよね。もともと日本の重整備拠点は韓国が拒否していたから、オーストラリアかアメリカ本土に持っていくという話でしたが、それすらも不可能になったら戦力化は無理でしょう。当然修理のための部品も売ってくれなくなりますね。

 それに在韓米軍の家族の大半が、永久に戻ってこない避難訓練という名の避難を済ませているようですが、残った大使館要員、在韓米軍の高級幹部の家族も同じような避難訓練で完全避難を行うそうです。明らかに在韓米軍撤退への前準備ですよね。アメリカはF-35以外の売却も見直すそうですから、F-15K(通称キムチイーグル)の部品も売らないでしょう。韓国得意の共食い整備も限界がある。F-16に関しても同様。今のうちに支那からJ-10やJ-20、J-31を購入しておかないと韓国空軍は早晩無力化しますよ。

 一説では、GSOMIA騒動は韓国が支那と軍事協定を結んで完全に衛星国化するための時間稼ぎという話があります。在韓米軍を追い出しても支那人民解放軍の進駐があるので、国防は大丈夫という思惑もあるそうです。私はまさかと思っていたんですが、GSOMIA破棄撤回以後の文在寅政権の異常な動きを見ると、当たらずと言えども遠からずかなと恐れます。

 皆さんはどのような感想を持たれましたか?

2019年11月24日 (日)

楠木正儀、南朝の裏切り者と呼ばれた男

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 楠木正成、南朝の忠臣としておそらくほとんどの日本人は名を知っていると思います。その嫡男正行(まさつら)も湊川の戦で勝つ見込みのない中壮絶な決意で赴く父正成と桜井の駅での別れは太平記の中でも名場面の一つです。そして成長した正行は父の遺志を継ぎ四条畷の戦いで弟正時と共に壮絶な戦死を遂げます。父正成を大楠公、正行を小楠公と後の人々は称えました。

 今回紹介する正儀(まさのり、1333年~1388年)は、正成の三男です。二人の兄正行、正時が戦死したために楠木家の当主となりました。しかし正儀の評判は良くありません。南北朝の和平を図ったり、それが失敗すると怒って一時北朝に降ったりしたからです。だた、私は正儀が現実主義者だっただけだと好意的に見ています。

 それでは彼の人生を簡単に振り返りましょう。正儀が家督を継いだ時わずか15歳前後だったと言われます。南朝方は戦力の中核である楠木党に期待し、若輩の正儀にも実力以上のものを求めました。正儀は初陣で足利方の有力武将である高師直、師泰兄弟と戦うなどそこそこの頑張りを見せます。ただその後の戦いぶりを見ていくと、機略縦横の父正成、忠義一徹の兄正行と違い戦より政略の才に長けていたように見えるのです。

 北朝方で、足利尊氏、直義兄弟の争い観応の擾乱が起こると、正儀はこの機会を利用して南北朝の戦乱を解決するため和平を画策します。長年の戦で疲弊していた南朝方の武士にも賛同する者が多かったらしく、正儀は和平派の筆頭として足利直義と連絡を取り秘かに和平工作を進めました。ところが観応の擾乱は兄尊氏の巻き返して直義毒殺、正儀の進めていた和平工作も失敗します。南朝方にも北畠親房ら頑迷固陋な強硬派が多く正儀は次第に孤立していきました。

 結局南北朝の騒乱は再開し、正儀もその意に反して南朝方として各地を転戦せざるを得なくなります。南朝に帰順した旧直義派と共闘し一時は直義の養子直冬(ただふゆ、尊氏の妾腹の子)を総大将として京都を占領したこともありました。驚くべきことに南朝方による京都占拠は4回もなされたそうです。1354年、大黒柱北畠親房死去により南朝の衰退は明らかになります。

 南朝の後村上天皇は強硬派だったため最初正儀を嫌っていたそうですが、まともな武将は正儀しかおらず和解して綸旨の奏者という側近にしかなれない役職にしたそうです。ここうでようやく正儀は、天皇の意向を受け本格的な和平工作に乗り出します。すでに北朝方でも1358年足利尊氏が亡くなり二代義詮の時代に入っていましたから、和平の機運は双方に湧き上がっていたと思います。

 今回こそは本格的に和平交渉が動くかに見えましたが、皮肉なことに九州で南朝方の征西将軍宮懐良(かねなが)親王と菊池武光が優勢となり一時は九州全土を併呑するほどの勢いになったことで主戦派が勢い付きます。後村上天皇は正儀を右兵衛督(うひょうえのかみ)に昇進させるほど期待をかけられますが、主戦派の妨害で交渉が難航します。そのうち1368年足利二代将軍義詮死去、同じ年後村上天皇も崩御されたため和平交渉は自然消滅しました。

 正儀にとって最悪なことは、後を継がれた長慶天皇が最強硬派だったことです。正儀は南朝の中で立場を失い追い出されるような形で出奔、北朝方に降伏しました。激怒した長慶天皇は正儀の一族和田正武や橋本正督に追撃させます。これを救ったのは皮肉にもそれまで正儀と戦っていた足利方の赤松光範、細川頼元らでした。三代将軍足利義満は南朝の名将楠木正儀の降伏を歓迎します。特に幕府管領として幕政を司っていた細川頼之は、正儀に好意を抱き将軍にとりなしたため、足利将軍家と同等とも言うべき左兵衛督の官位を与えました。さらに河内、和泉両国守護、摂津住吉郡の一郡守護という破格の待遇をします。

 しかし正儀は、これほどの厚遇を受けてもあまり喜ばなかったと思います。彼の信念は南北朝の対立を解消し戦乱を収める事。幕府でも管領細川頼之は和平派であったため両者は親友となります。ところが幕府の中では越前守護斯波義将(足利一門で最高の家格を誇る)を筆頭とする反細川派が強力で、管領細川頼之の方針をことごとく妨害します。反細川派は正儀に対しても偽装降参ではないかと疑い、正儀が南朝方から攻められても一切協力しませんでした。

 1379年康暦の政変で反細川派の運動が功を奏し頼之は管領の地位を追われます。後を継いだのは斯波義将。正儀は有力な頼之党と目されていた為、河内、和泉、摂津住吉郡守護職を剥奪されました。今度は幕府内で孤立する正儀。この頃になると北朝・足利幕府の優位は明らかになり南朝方は衰退の一途でした。ようやく南朝方にも和平派が主流となり、意を決した正儀は1382年南朝への帰参を決意します。喜んだ南朝方は正儀を参議にしますが、滅亡寸前の南朝で高官になったとしても嬉しくもなんともなかったでしょう。ただ橘姓(と自称)の中で、参議になったのは399年ぶりだったそうです。

 南朝方に人材が払底していた証拠でしょう。南朝の実力者になった正儀は皇太弟で和平派の後亀山天皇の即位に尽力、ここの悲願であった南北朝統一に向けての工作が本格化しました。正儀の晩年ははっきりしません。1389年ごろ死去したとも言われます。1392年正儀の願いが実り南北朝合一がなされます。ここに57年間続いた南北朝の戦乱は集結しました。

 ただ和平条件であった皇統を持明院統(北朝)と大覚寺統(南朝)で交代で継承するという約束は破られます。怒った旧南朝方は再び蜂起し大和国や全国各地で抵抗を続けますが、もはや時代の流れを覆すことはできませんでした。楠木氏も正儀の死後、次第に振るわなくなり歴史の陰に消えていきます。一部は伊勢に逃れ伊勢楠木氏を称したそうですが、これも末裔は織田信雄に仕え小牧長久手の戦いで戦死、嫡流は絶えたそうです。

 楠木正儀は、忠臣楠木氏にあるまじき裏切り者、逆賊という評価が戦前なされますが、戦後になって南北朝和平に尽力した真の忠臣であったと再評価されています。私も戦後の評価を支持したいですね。

2019年11月23日 (土)

GSOMIA破棄撤回で憤慨の皆様、ご安心ください。韓国はやはり馬鹿でした

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【韓国大統領府】GSOMIA終了を猶予・・・ 「いつでも効力を終了できる」


 11月23日午前0時、祝杯の準備をしていた皆さん(私も含む)は突然土壇場での韓国の破棄撤回宣言でがっかりされたと思います。その前後日本の反日媚韓マスゴミは日本が輸出管理の一部緩和を約束し譲歩したとフェイクニュースを垂れ流していました。その点夕方6時の経産省の会見はグッジョブだったと言えます。日本は一切譲歩しておらず輸出管理は従来通り、韓国の一方的外交敗北だったとはっきりしました。

 しかし、韓国はこの期に及んで嘘八百を並べています。日本が譲歩しただの、韓国が譲歩したんだから今度は日本が譲歩する番などと世迷言をほざいています。そしてとどめは「あくまでGSOMIA終了を猶予しただけで、韓国の都合でいつでも終了できる」だそうです。呆れ果てて笑いました。契約の概念ゼロですね。GSOMIAは一年更新だから、次に終了できるのは来年の今頃ですよ。

 韓国の言い分が通るなら国家間の約束はできません。アメリカも激怒するでしょう。しかし韓国は常識を大きく外れた斜め上の反応をする稀有な国。文在寅ならやってくれると思います。おそらく自称徴用工判決で差し押さえた在韓日本企業の資産売却を猶予してやるからホワイト国の復帰させろなどと基地外のような要求をしてくるかもしれません。当然日本政府は拒否。文在寅政権はブチ切れて「やはりGSOMIA破棄する」と宣言するような気がします。

 その瞬間、アメリカは大激怒でしょうね。11月23日に発動されるはずだったパーフェクトストームを、より威力を増した状態で発動させるでしょう。どちらにしろ韓国市場の将来性が暗いと見た欧米資本は撤退を加速させています。日本でもまともな企業は撤退済みでしょう。韓国がどう足掻こうと未来は暗い。滅亡しかないと思いますよ。

 文在寅政権も韓国そのものも滅びるのは時間の問題だと私は見ます。皆さんはこの動きどう思われますか?

2019年11月20日 (水)

五摂家の話

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 日本史の過去記事で当たり前のように書いてきましたが、万が一日本史初心者の方が読んだら難しいだろうなと反省し説明記事を作りました。

 五摂家というのは摂政・関白になる資格のある公家最高の家格で、藤原北家の嫡流具体的には「この世をば~」の和歌で有名な関白藤原道長直系の子孫です。次いで清華家という太政大臣にまで昇る資格のある三条家、徳大寺家、西園寺家、久我家、花山院家、大炊御門家、今出川家があります。三番目は大臣家で例外はあるものの極官は内大臣です。大臣家は正親町三条家、三条西家、中院家の三家でした。

四番目は羽林家で極官大納言。これより下は数が多いので具体名は省略します。五番目が名家で極官中納言、稀に大納言を出す程度。一番下は諸大夫家とも呼ばれる半家。実務派官僚が多く参議まで昇るのも難しかったそうです。

 五摂家は公家最高の家格ですが、実はすんなり決まったものではありません。ここに一人の人物がいます。関白藤原忠通(1097年~1164年)です。源平合戦の歴史に詳しい方ならご存知だと思いますが、弟悪左府頼長と家督を争い保元の乱の原因の一つを作った人物です。実は忠通は40代まで男子がなく、その父忠実は晩年に生まれた頼長を溺愛し忠通から藤原氏の氏の長者(藤原一族の家長)の資格をはく奪し弟頼長に与えたことから、父子、兄弟の間に壮絶な争いが起こりました。忠通が父の圧力に抗し関白職を弟頼長に譲らなかったため皇位争いと連動して保元の乱が起こったとも言えます。

 ところが忠通の晩年、連続して四男基実(近衛家を創設)、五男基房(松殿家を創設)、六男兼実(九条家を創設)が生まれました。保元の乱で弟頼長が死んだので、忠通は藤原北家の嫡流を保ちます。忠通の三人の男子のうち、松殿基房は余りにも平家に接近しすぎ、その後都を制圧した木曽義仲にも近かったため失脚。近衛基実と九条兼実が残りました。彼らの曾孫の時代に、近衛家から鷹司家が、九条家から一条家と二条家が分かれ五摂家が成立します。このうち近衛家が五摂家筆頭となり現在に至るのです。

2019年11月19日 (火)

在日米軍駐留費問題、捏造ニュースはいい加減にしろ(怒)

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【日米】在日米軍駐留経費の日本側負担思いやり予算:米が「日本に負担4倍増要求」 と米外交専門誌

 日本は在日米軍の駐留費を実に74%も負担しています。これは世界一の比率で、2002年の数字ではドイツ32%、イタリア41%、韓国40%、ただし韓国が8億ドルに対し日本は44億ドルも払っています。しかも2016年に「在日米軍駐留経費負担に係る特別協定」を締結しその有効期限は5年間。

 最初在日米軍駐留経費をこれまでの4倍要求したというニュースを聞いて驚き呆れました。在日米軍が従来の3倍に増強するというならともかく、兵力はそのままで経費だけ4倍も要求されたらぼったくりです。アメリカはお金だけただ貰いになるし、流石に弱腰の日本政府も断るでしょう。韓国の場合、アメリカが在韓米軍駐留経費5倍要求したのは在韓米軍撤退の大義名分を得るためだし、まさか韓国が同意するとは思っていません。日本に同じように無理筋要求したら馬鹿です。

 アメリカの世界戦略上、韓国は切り捨てても大きな影響はないし代わりに台湾が入る予定になっています。ところが日本から在日米軍が撤退となると、その世界戦略そのものが崩壊します。日本は不沈空母であり、米海軍の整備もアメリカ本土並み、あるいはそれ以上の技術力を有する稀有の戦略拠点です。中東やインド洋、南シナ海、ひいては支那本土に戦力投射をする場合、日本無しでは絶対に成り立ちません。

 今回の駐留経費4倍要求、日本政府関係者から完全否定されたのでフェイクニュース確定したわけですが、万が一アメリカが本気で要求した場合、アメリカは覇権国の地位を失うでしょうね。在日米軍が撤退したら、流石の日本政府も防衛費を10兆円に増額し自主防衛を今日はせざるを得ません。日本の将来のためにはそれも良いでしょう。国民も危機感を持つでしょうしね。

 トランプがそこまで馬鹿とは思えませんが、もし4倍要求した場合日米関係も壊れると思いますよ。同じようにNATO諸国にも無理筋要求したらアメリカは孤立します。皆さんはこのニュース、どのような感想を持たれましたか?

 

2019年11月15日 (金)

阿蘇流北条氏の最期

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 久々の日本史記事ですが、マイナーすぎるので一般の方は全く面白くないと思います。

 このブログの前身であるヤフーブログを開設して間もなく『肥後小国郷と北条時定』の記事で鎌倉末期から南北朝期の肥後小国地方を領した北条氏の最期が良く分からないと書いた記憶があります。興味のある方のために、記事のアドレスを載せておきます。ただしヤフーブログは終了して現在閲覧できない状況ですので、転載したアメブロ版のアドレスを載せておきます。

https://ameblo.jp/houzankai/entry-12444178806.html

 一応簡単に過去記事の概略を述べると、鎌倉幕府の実権を握った北条得宗家(嫡流)が九州支配の要として五代執権北条時頼の同母弟時定(不明~1290年)に肥後国阿蘇郡小国郷の地頭職を与え下向させたことから阿蘇流北条氏が興りました。阿蘇流北条氏は時定が鎮西探題、八代執権時宗の弟で時定の養子となり後を継いだ阿蘇流北条氏二代定宗が肥前守護、その子で三代の随時(ゆきとき)が鎮西探題と要職を務めます。ただ阿蘇流北条氏最後の当主で随時の子治時(はるとき)の最期が良く分からないと書きました。

 というのは、隋時の後鎮西探題に就任したのは治時ではなく、第十六代執権守時の実弟赤橋英時だったからです。ちなみに英時の妹は足利尊氏の正室赤橋登子でした。鎌倉幕府滅亡の時、九州では鎮西探題の英時が宮方と戦い敗北して博多で一族240名と共に自害しました。英時の養子規矩(きく)高政、糸田貞義兄弟が南北朝期九州で蜂起し滅ぼされたことも過去記事で書きました。

 阿蘇流北条氏最後の当主治時(1318年~1334年)がなぜ鎮西探題にならなかったのかは、父随時が死去した1321年当時わずか3歳で職務を遂行できなかったからです。その後調べてみると、北条得宗家に近い治時は成長すると鎌倉に上り幕府の要職を歴任したようです。といっても死去したのが17歳の若さですから、飾りのような存在だったと思います。

 1333年2月、楠木正成が籠城した上赤坂城の戦いでは北条高時に命じられ鎌倉幕府軍の名目上の大将として出陣します。実際に軍を指揮したのは軍奉行長崎高貞(内管領長崎円喜入道の子、高資の弟)だったのでしょう。この時は城の水の手を断ち陥落させるという戦功をあげています。ただ、その後楠木正成は再起し千早城に籠城しました。治時はまだ畿内に残っていた為、北条一門の大仏(おさらぎ)貞宗、高直兄弟と共に討伐軍の大将に任ぜられます。が、楠木勢の抵抗は頑強で攻めあぐみ、そのうち六波羅探題が宮方に攻め滅ぼされたため治時らは進退窮まります。

 鎌倉軍は大和国に撤退し興福寺に立て籠もりますが、刀折れ矢尽き宮方に降伏。1334年7月京都阿弥陀寺で治時は長崎高貞、大仏貞宗、高直兄弟と共に処刑されました。北条一門の最期は悲惨なものが多いですが、阿蘇流北条氏最後の当主治時の最期も哀れを極めます。わずか数え17歳(満15歳)、処刑の際の心境はどうだったのでしょうね。同情してしまいます。

 

2019年11月11日 (月)

マスゴミは皇室解体を目論む朝敵である

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【JNN世論調査】女性天皇…「賛成」77% 「反対」14% 女系天皇…「賛成」74% 「反対」15% 

 

 国民に十分説明のないまま世論調査すれば女性天皇賛成が多くなるのは当たり前。おそらく男系と女系の意味も理解していないはず。日本の天皇は初代神武天皇以来男系で2000年継承してきた世界で一番歴史の古い王朝です。女性天皇は何人かいらっしゃるがすべて男系の女性天皇。

 このブログを読んでいる方はご承知だと思いますが、女系天皇とは皇統の断絶を意味します。例を挙げると秋篠宮家の真子様が即位した時点では男系の女性天皇。しかし万が一小室圭と結婚し、両者の間に生まれた子供が即位したら男女関係なく女系の天皇になります。そしてこの時点で小室朝というおぞましい新しい皇統が始まるのです。あってはならない事だが、これがもし朝鮮人の金某と結婚し、その子供が即位すれば金(キム)王朝になります。

 それはもう皇室でも何でもない。外国王朝であり日本の正統な王朝とは認められない。マスゴミと反日パヨクが狙っているのもまさにこれ。日本の国体を破壊する朝敵です。そのために皇統保持のために自民党有志が提言した旧宮家の復活にも基地外のように反対する。異常ですよ。

 そんな凶悪な反日勢力による陰謀に簡単に騙される国民も情けない。情弱と言われても仕方ないでしょう。マスゴミの世論調査の聞き方も狡猾なんでしょうね。「女系天皇で金王朝が始まっても良いのですか?」と質問したらまともな日本人なら駄目だというでしょう。マスゴミが狙っているのは女性天皇、女系天皇の違いを曖昧にして女系天皇容認の空気を作る事。そんな暴挙が許されるはずない。

 最近のマスゴミの動き、危険が増しているように感じるのは私だけでしょうか?連中の祖国である南北朝鮮がどちらも危ういため今のうちに日本の国体を破壊し侵略しやすくしようと画策しているようにしか見えません。これに怒らなければ日本人ではない。マスゴミの横暴を許さないためにもスパイ防止法で朝敵をすべて排除すべきだと考えます。皆さんはどのように思われますか?

2019年11月 8日 (金)

大東亜戦争時、日本の野戦病院

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 非常にマニアックで申し訳ない。

 野戦病院とは陸軍師団に組み込まれた部隊です。戦場では戦死者も出れば戦傷者も出ます。重傷者は後方に搬送されて手術なり処置を施され入院し回復したら除隊したり再入隊したりします。ただ緊急を要する場合もあり、戦闘地域のすぐ後方である程度の処置をしなければ兵士が死んでしまいます。そこで野戦病院というものが師団に組み込まれました。

 日本の場合、野戦病院長は軍医中佐か軍医少佐。野戦病院の限界収容人数は200名程度。病院長の下に軍医、歯科医将校、薬剤将校、看護将校が付き、陸軍看護婦や日赤従軍看護婦ではなく衛生兵がその役目を担いました。それは戦場に近いため女性では危険だからです。

 通常3単位編制(主力の歩兵連隊が3個)の常備師団の場合3個の野戦病院中隊が設けられます。中佐や少佐が野戦病院長ですから大隊規模ですが、上の編制図をみると4個野戦病院中隊の他に、3個搬送中隊、1個防疫給水中隊が付いたようです。これは外国(アメリカ)の軍事専門サイトから持ってきたので、実際とは違うかもしれません。1個野戦病院中隊は300名前後みたいですね。

 アメリカ師団の資料が見つからなかったんですが、大東亜戦争で日本兵の傷病死が多かったのは医療設備が整っていなかったからという論もあるくらいですから、もっと大規模だったのかもしれません。第2次世界大戦時の戦場医療に関する専門書を見つけているんですがなかなか良さそうな本がなく、あくまでネット上で集めた薄い情報です。ですから今後資料を集めていく過程で情報修正が入るかもしれません。

2019年11月 6日 (水)

今更遅いんだけど、小池都知事は札幌マラソンの警備とテロ対策問題をIOCに付きつければよかったね

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【東京五輪マラソン札幌開催】IOCは北海道・札幌市に負担要望か 組織委「どこに出すかは全くフラット」と他人事

 


 先日ワイドショーでちらっと触れていたんですが、札幌でマラソンを行うと新たに5万人の警備体制が必要だそうです。しかし北海道警は全部でも1万人。当然全国の警察から応援が必要になってくるわけですが、その時期は東京で別の競技が行われているわけでこちらの警備とテロ対策で全国から警察官が応援に来ているはず。正直、札幌に5万人の警備体制が捻出できるのかどうか疑問です。

 暑さ対策で札幌に移したのは良いが、一番重要なはずのテロ対策が抜け落ちている点に非常に疑問を感じます。IOCなりJOCはこの点どのような考えを持っているんでしょうか?日本の警察官が無限に湧き出るとでも云うんでしょうか?小池都知事はこの点を強調して戦えばよかったのに、おそらく本人もテロ対策の観点は抜け落ちていたんでしょう。無能な都知事ですね(呆)。

 東京五輪、テロリストにとっては格好の宣伝の場。東京か札幌か、それともそこに手を取られ手薄になった他の地方か?大規模なテロ事件が起こらなければよいがと非常に危惧します。正直私もテロ対策が頭から抜け落ちていたので、今日のワイドショーでどなたか(テロ対策専門家だったかも?)の発言を受けて非常に衝撃を受けた次第です。

 皆さんはこの問題どう考えられますか?

2019年11月 3日 (日)

首里城再建よりまず火事の原因特定が先では?

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【焼失】玉城デニー知事「首里城はウチナーンチュ(沖縄の人)の魂の場所」と強調、菅官房長と会談し再建の支援を要請


 失火か?放火か?防火体制はどうだったのか?防火設備は正常に動いたのか?素人ながら様々な疑問が浮かび上がります。原因を解明せずして杜撰なまま再建すればまた同じように炎上しますよ。それに沖縄振興費は3000億円もある。それこそ無駄を省けば120億円くらい簡単に出るのでは?

 この際、沖縄振興費がどのように使われたか、徹底的に調べる必要があると思うんですよ。一部では反基地運動に流れているという話もある。国に協力しろと言われても、それは我々国民の税金ですからね。厳しい言い方だけど、基地には反対だけど首里城再建には金を出せなど、どこまで図々しんだと思いますね。

 首里城が国から県に移管された途端の火事、ろくに防火訓練もしていなかったという報道、そもそも防火設備が不十分だったという報道もあります。管理能力がないのなら再び国が管理しなければいけません。ツイッターでどなたか仰っていましたが「首里城の再建が遅れても人は死なない。其れよりも現在進行形で被害を被っている豪雨災害の被災者を救って欲しい」。

 私も同感ですね。玉城デニーが今回の豪雨災害の被災者に心からのお悔やみを発し、沖縄県として被災都道府県に最大限の援助をしたという話はトンと聞きません。それどころか火災当日デニーは韓国に居て韓国人観光客の誘致運動をしていたそうですよ。どこまで日本を舐めれば気が済むんですかね?

 沖縄県民のシンボルである首里城炎上には心から同情しますが、玉城デニーの反日姿勢は多くの心ある国民が反発を持ちますよ。

2019年11月 1日 (金)

ようやく太陽光発電買取制度の異常性が解消されるか?

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【太陽光買取制度】今月から終了「売電」から「蓄電」にシフトへ

 

 東日本大震災、福島第一原発の爆発事故を悪用した菅直人と孫正義の共同謀議である太陽光発電買い取り制度が終わるそうです。誰がどう考えてもよほどの技術革新がない限り再生可能エネルギーで原子力発電の代替ができるはずありません。まともな常識のある人なら理解していたはず。そもそも太陽光発電などの自然エネルギーで発電しても長期間蓄電できない。何年も蓄電できる安価で優秀な蓄電池の開発無くして再生可能エネルギーの実用性はありません。むしろ有害ですらある。

 この前の台風被害でも皆さんよく分かられたと思いますが、電力は近代国家の根幹です。電気がなければ産業も止まるし庶民生活にも大きな影響が出ます。透析患者を抱える病院など死者も出ます。ですから電力は安定供給が絶対条件。不安定な電力に頼れるはずがありません。反原発の連中はこの常識がないか、あるいは分かっていて日本社会を破壊するために反原発運動を推進しているのだと思います。

 同時に太陽光発電買い取りシステムは、電力会社に負担が大きく最後は我々庶民が支払う電気代に反映されます。一部の欲の皮の突っ張った極悪人どものために何故善良な庶民が損をしないといけないのか?皆さんもこの理不尽さに怒りを覚えられたことでしょう。これからは売電が終わるため、儲け目的で山林を破壊し太陽光パネルを設置した業者や個人が損をすることになります。一切同情できませんね。自業自得です。

 今後太陽光発電業者を厳しく監視しないといけませんよ。儲けが無くなったからと言って放置されたらたまったものではない。山林を破壊したところはきちんと再生させないといけないし、自然堤防を削ったところも元通り修復してもらわないといけません。実際、いくつかの災害で死者まで出ている。

 菅直人と孫正義にも賠償させないといけないと思います。行動には責任が伴う。我々心ある日本人は反原発の連中と菅直人・孫正義ら太陽光発電利権に群がった悪人どもを厳しく糾弾しましょう!

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