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2019年11月30日 (土)

大日本帝国陸軍師団砲兵連隊戦力

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 我ながら暇だとは思うんですが、大東亜戦争時精強だったと思われる常備師団と特設師団(支那事変で編成)の砲兵連隊の装備火砲の数を調べてみました。砲兵区分の「野」は野砲兵連隊、「山」は山砲兵連隊の略です。

 第25師団に関しては、山砲兵連隊のはずですがこの表では普通の野砲兵連隊になっています。アメリカの軍事サイトの資料なのでリサーチミスか一時的な措置だったかもしれません。第14師団も連隊砲兵といって本来の砲兵連隊ではなく各歩兵連隊に属する小規模の砲兵隊(多くても大隊規模)のはずですが、こちらはペリリュー島守備のために師団隷下の歩兵第2連隊と歩兵第15連隊第3大隊を基幹とする中川支隊を抽出しているため、砲兵戦力を増強したのでしょう。

 見てみて驚いたのは思ったよりも九一式十糎榴弾砲(機動~も含む)が多い事。これは75㎜級の野砲では威力不足が指摘され各国陸軍とも105㎜級榴弾砲を標準装備するのが趨勢になっていたので日本もそれに追随したのでしょう。ただ完全に置き換えられなかったのは日本の工業力の低さなんでしょうね。とはいえ九一式は1000門以上生産されたので日本としては頑張ったほうだと思います。

 75㎜野砲に関しても九〇式七糎半野砲なら優秀なので対戦車砲にも流用できますが、おそらく大半が旧式の改造三八式野砲か、能力の劣る九五式野砲だったと思います。大砲の製造にも工業力が必要だと痛感させられる数値でした。

 ちなみに、近衛第1と近衛第3は数値が見つかりませんでした。本来の近衛師団は近衛第2師団で、他の二つは大戦中に泥縄で編成されたので大した戦力はなかったと思います。砲兵火力も下手したら三八式野砲以前の旧式砲かもしれませんし。

 

 

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