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2019年12月17日 (火)

赤井悪右衛門直正

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 来年の大河ドラマは明智光秀ですが、沢尻エリカ騒動で別の意味で注目されています。信長の正室濃姫役は川口春奈が代役として演じることに。私は川口を五島列島が生んだ奇跡と思っているので、これをチャンスに女優として飛躍して欲しいですね。

 それはともかく、大河ドラマで登場するかどうか知りませんが光秀の丹波平定戦で一番苦しめたのが赤井悪右衛門直正(1529年~1578年)でした。ほとんどの光秀を描いた小説でも、赤井直正の名前こそは出るものの、どういった戦いをしたのか今一分かりません。今回、歴史道で明智光秀特集が組まれ丹波平定戦に関しても詳しく紹介してあったので思わず衝動買いしてしまいました。

 赤井氏は丹波国氷上郡に勢力を張った豪族です。清和源氏頼季流と言われ氷上郡黒井城(兵庫県丹波市)を本拠としました。当時の丹波国は船井郡に勢力を張る内藤氏、多紀郡を本拠とする波多野氏とともに赤井氏も有力国人として戦国時代台頭してきます。赤井氏が勢力拡大したのは但馬国生野銀山(兵庫県浅来市)を支配していたからだとも言われます。

 実は赤井直正は赤井氏の当主ではありません。直正は赤井時家の次男として生まれました。赤井氏家督は長男家清が継ぎます。直正は一族の荻野氏の養子になり当初は荻野直正を名乗ります。黒井城は赤井氏ではなく荻野氏の居城でした。直正は武勇をもって赤井一族の旗頭となり実質的に主導する立場になりました。

 光秀が主君織田信長の命で丹波平定に乗り出したのは天正3年(1575年)でした。天正3年と言えば設楽原(長篠)合戦があった年です。信長が最初に討とうとしたのは内藤如安、宇津頼重らでした。光秀は当時近江国坂本城主。石高は5万石。これに細川藤孝ら与力の兵力を合わせて3000くらいでしょうか。直正は当時但馬国にも勢力を広げ竹田城に拠っていました。

 明智軍は竹田城を攻撃し逃げる赤井勢を追撃、丹波に入り黒井城を包囲します。黒井城を包囲した明智軍は周囲に付け城を築き兵糧攻めをしました。光秀は同時に丹波の国衆を調略を施し過半数の国衆は織田家に従ったそうです。ところが天正4年、それまで織田家に属していた八上城主波多野秀治が突如反旗を翻します。波多野軍は黒井城の直正と連携し明智軍を内外から攻め立てました。絶体絶命の明智軍は、撤退を決断。第1次丹波平定戦は惨めな失敗に終わります。

 黒井城の縄張りを見るとそれほどの要害とも見えないんですが、余程攻めにくかったんでしょうね。その後光秀は上杉謙信上洛、松永久秀謀反、新木村重謀反と各地に駆り出され丹波平定に専念できない状況が続きました。信長は直正よりも京に近い八上城の波多野秀治攻撃を命じます。この八上城の戦いも苦しいものでしたが、なんとか天正7年(1579年)陥落させます。実はこの直前の天正6年(1578年)赤井直正は病死しました。享年50歳。結局直正健在の間は明智光秀は黒井城を落とせなかったわけです。直正の武勇は丹波の人たちに勇気を与え、侵略者明智軍への抵抗の象徴となります。丹波の赤鬼の異名はそういうところから出たのでしょう。

 八上城の陥落で丹波における明智軍の優位は決定的になります。第2次丹波平定戦は八上城攻撃の天正6年から始まりますが、この時は与力も含め1万以上の兵力が居たと推定されます。赤井氏は大黒柱直正を失い直正の弟幸家が直正の遺児直義を後見して黒井城に拠っていたそうですが、明智の大軍が黒井城に殺到、多勢に無勢で天正7年8月9日ついに落城しました。

 光秀は戦功により丹波一国を賜り、亀山城を築城し本拠とします。赤井氏のその後ですが親族を頼り藤堂家に仕官したそうです。ちなみに元ボクサーで俳優の赤井英和氏は赤井幸家の子孫だと言われます。

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