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2020年11月

2020年11月29日 (日)

F-3の海外輸出とかいいから、ちゃんとまともな物を開発して欲しい

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次期戦闘機の海外輸出を見据え開発を、自民党有志が政府に提言へ!

 

 自国のみだと調達コストが高騰するから海外輸出だとか、韓国みたいな世迷言言ってますね。まずはF-35を超えるとまではいかなくてもF-35に匹敵するくらいの性能を目指すべきでは?F-2並みの調達数なら調達費が高騰って、まさか調達数たった100機未満で済ませる気なのか?(呆)

 F-35が142機だからF-3は200機以上調達すべきですよ。じゃないとまともな国防はできません。だいたいどこの国に売る気か?韓国は論外だとして台湾に売るにしても、正直いつ敵になるか分かりませんよ。国際情勢は複雑怪奇、今仲良くても未来永劫仲が良いとは限らない。第2次大戦で仲間だった米英とソ連は大戦が終わると不倶戴天の敵になりました。冷戦期ソ連に対抗するためにシナに接近したアメリカは現在シナと一触即発の危機です。ですから近隣諸国への武器輸出は絶対にしてはいけません。

 欧州はイギリスのテンペスト、フランス・ドイツ・スペインはFCASとすでに次期戦闘機計画が始動しているのでお呼びではない。おそらくアメリカも買わない。いったいどこに売る気ですか?テンペストやFCASと海外輸出で太刀打ちできると本気で思っているんだろうか?(呆)性能はそこそこでも海外輸出のノウハウがなければ売れません。輸送機C-2や救難飛行艇US-2ですら売れないのにいったいどうしてF-3が売れると思えるんだろうか不思議でなりません。

 変な欲など出さずまずは国内でのみ使う前提でまともな性能の機体を作って欲しいですね。現在伝わってる情報だと完成すればF-3は素晴らしい性能になるはず。調達コスト高騰が問題なら200機と言わず300機くらい調達すれば良い話。今のままでは日本の国防は心もとないので防衛費は少なくとも倍増の10兆円くらいにはすべきです。そして次期戦闘機は日本の国防の根幹なので防衛費とは別枠で臨時国防開発費として毎年1兆円くらいは出すべきでしょう。国民の命がかかっているんですよ。

 F-3がまともな性能で完成し他国に羨ましがられるなら、こっちが断っても向こうからオファーが殺到します。この場合モンキーモデルが前提ですけどね。じゃないと日本の軍事機密がシナに漏れて逆に日本の国防が危なくなる。まあ海外に売れるとしても、テンペスト計画、FCAS計画が失敗し緊急で新戦闘機導入の必要性が増した場合だけでしょう。その場合西ヨーロッパ限定です。

 まずはF-3をまともな性能の機体として完成させるのが大前提。コストの問題はその後。国民の命より大切な物はないんですから。皆さんはどのような感想を持たれましたか?




追伸:
 F-3の海外輸出ができるようになったとして、ポーランドは最適かもしれませんね。ロシアへの強烈な牽制になる。万が一ポーランドとの関係が悪化しても日本には飛んでこれない。ロシアとドイツが発狂するので実現はしないでしょうが…。

2020年11月27日 (金)

なぜ七王国の一つ、ウェセックスは強大化したか?

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 マイナーなイギリス史ばかり続いて付いてこれない方も多いと思います。これでイギリスシリーズは一応打ち止めなので興味ない方はスルーお願いします。

 

 5世紀初頭、ローマ帝国がブリテン島から撤退したために生じた権力の空白。それに付け込むようにブリテン島に侵攻したのはゲルマン系民族、アングル人、サクソン人、ジュート人でした。ジュート人の故地はユトランド半島の語源となった現デンマークに当たる半島北部。アングル人はその南、現在の北ドイツ、ユトランド半島の付け根に当たるシュレスビヒ・ホルシュタイン州に住んでいました。サクソン人はドイツ語読みザクセン人で現在のハンブルクを中心とするニーダー(低地)ザクセン地方出身です。

 余談ですが、現在ザクセンというとベルリンの南に位置するドレスデンを中心とするザクセン州が有名ですが、ザクセン人は南東のザクセン州から北西のニーダーザクセン州にかけて広く分布していました。カロリング朝フランク王国のカール大帝を苦しめたのがザクセン人で征服するまでに32年もかかっています。ですからほぼ全民族で移動したジュート人、アングル人と違い、ブリテン島に渡ったサクソン人はごく一部だと思います。

 アングル人、サクソン人、ジュート人を総称してアングロサクソン人と呼びますが、彼らはブリテン島のもともとの住民であるケルト人を征服して七王国を建設しました。ジュート人が建国したのはケント王国、アングル人は北からノーザンブリア、マーシア、イーストアングリア王国を建国します。サクソン人はウェセックス(西サクソン)、サセックス(南サクソン)、エセックス(東サクソン)の三つの王国を築きました。

 その中で一番強大化したのはイングランドの南西部に当たるウェセックス王国です。七王国を築いたアングロサクソン人ですが、欧州の民族移動の波は終わらず9世紀にイングランドに侵攻したのはスカンジナビア半島からジュート人の居なくなったユトランド半島まで進出していたノルマン人でした。彼らはヴァイキングとも呼ばれます。アングロサクソンよりさらに野蛮なノルマン人たちはロンドンの北からノーザンブリア全域まで含む広大なデーンロウと呼ばれつ支配地域を確立しました。

 それに抵抗したのはウェセックス王国のアルフレッド大王(849年~899年)です。彼は875年エサンドゥーンの戦いでウェセックスからノルマン人を叩き出し、海上でもノルマン人に勝利を重ねウェドモーアの和議でノルマン人の支配地域をデーンロウだけに止めます。面積だけ見るとデーンロウはイングランドの6割くらい占める広大な地域のようですが、イングランドの人口はロンドン以南のウェセックス、サセックス、ケントあたりに集中しロンドン以北は土地が貧しく人口希薄地帯でした。人が少ないからノルマン人が征服出来たとも言えます。

 アルフレッド大王の勝利は、彼個人の力量もあったでしょうが何よりウェセックスの人口、国力が他の七王国を凌駕していたのが大きかったと思います。そしてウェセックスはその後のイングランドの基礎となりました。1066年ウィリアム1世によるノルマン・コンクエストで敗北したエドワード懺悔王(在位1042年~1066年)は最後のウェセックス朝イングランド王国の王でした。

 ブリテン島のもともとの住民はフランスのガリア人と同族のケルト人です。ブリテン人とも呼ばれた彼らですが、アングロサクソン人の侵略で異民族支配を嫌った人々は現在のウェールズ地方やアイルランドに逃れました。さらに一部はフランスのブルターニュ半島に移住します。ブルターニュの語源はブリテンですからガリア人と同族であるブリテン人には住みやすかったのでしょう。ちなみにスコットランドにいた剽悍な山岳民族ピクト人は、アイルランドから渡ったゲール人と同化しスコットランド人となります。

 ですからイングランドの正統な住民を名乗れるのはC・W・ニコルさんのようなウェールズ人かもしれませんね。アングロサクソンにしてもノルマン人にしても侵略者の子孫なんですから。

2020年11月25日 (水)

アーサー王の都キャメロット

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 アーサー王伝説にでてくる都キャメロット。アーサー王に仮託される5世紀後半から6世紀初頭頃イングランドを統一したとされる王は実在したと言われます。ただアーサー王物語にある聖杯伝説や円卓の騎士などは後世の脚色で史実とは言い難いとされます。ですからアーサー王が本拠と定めたキャメロットは正確な場所が分からないというより実在しなかった可能性が高いと思います。

 ではキャメロットが全くの嘘かというと、アーサー王に仮託される当時の王が本拠と定めた場所はあるはずです。イギリスでもその観点でキャメロットがどこだったのか色々考察されているそうです。一番有力なのはイングランド南東部エセックス州にある都市コルチェスター。人口10万人ほどの地方都市ですが、紀元前から存在するイギリス最古の都市とも言われます。

 コルチェスターはケルト語で戦神カムロスの要塞を意味するカムロドゥノンと呼ばれました。その後紀元前43年ローマ軍がブリテン島に侵攻、この町を要塞化しラテン語読みでカムロドゥノムとなります。カムロドゥノムは属州ブリタンニア最初の首都となりました。紀元61年ブーディカ女王の乱で破壊され、その後属州の首都はロンディニウム(現在のロンドン)に移ります。

 しかしカムロドゥヌムも再建され、エセックスの重要都市であり続けました。5世紀にローマ帝国の支配が終わりゲルマン系のアングル族、サクソン族、ジュート族らが侵攻してくると、いつしかこの町はコルチェスターと呼ばれるようになります。ただ、考古学者モーティマー・ホィーラーはコルチェスター、ロンドン、セント・オールバンズを結ぶ三角形はアングロサクソン侵略初期も以前としてローマ人支配が続いていたと指摘し「ローマ支配の三角形」と呼びました。

 この点からも、アーサー王に仮託される王がケルト族長だった可能性は低く、ローマ軍人出身の植民市の首長、あるいはローマ帝国に雇われた傭兵隊長(具体的にはイラン系遊牧民アラン人の族長)だったと私は考えます。そしてキャメロットのモデルはローマ支配の三角形を基盤として一時アングロサクソンの侵略を防いだ王が根拠地としたコルチェスターだったのでしょう。

 

 

2020年11月22日 (日)

アーサー王伝説とサルマタイ人

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 前記事でアーサー王伝説のモデルとなった当時のブリテンの王がいたと考察しました。

 

 ローマ帝国時代、スコットランドを除くブリテン島はローマ帝国の属州ブリタンニアでした。世界史に詳しい方ならご存知だと思いますが、属州には二種類あり比較的安定し文官でも統治できる元老院属州(元老院で総督を任命)と内政が安定しないか敵が近隣に存在し軍団が駐留し武断政治をしなければいけない皇帝属州(皇帝が総督を任命)がありました。ブリタンニアは現在のスコットランドに剽悍な山岳民族であるピクト人がいたため皇帝属州でした。そして一時は第9軍団が駐留します。

 ただローマ軍団には限りがあり、より大敵であるゲルマン人やパルティアに備えなければいけなかったので第9軍団もバルカン半島に移動しました。ではブリテン島にローマ軍が全くいなかったかというとそうでもなく、ローマの退役兵たちが建設したカムロドゥヌム(現コルチェスター)やイスカ・ドゥムノニオルム(現エクセター)、エボラクム(現ヨーク)などの植民市がありました。これらの都市は民兵を提供します。

 またローマに帰順したブリテン島各地の部族が有事には補助兵を提供する約束でした。さらにローマ帝国は傭兵を雇ってローマの正規軍団が到着するまでピクト人の侵攻や内乱に備える役割を持たせました。その一つが、イラン系遊牧民のサルマタイ(サルマティア)人です。サルマタイ人は最初ドニエプル川からドン川に至る草原地帯にいました。紀元前3世紀にはオリエント世界を恐怖に陥れた黒海北岸にいた遊牧民族スキタイの衰退に付け込む形で侵略を開始し、これを滅ぼします。

 ローマ帝国とイラン高原に興ったパルティアが全面戦争に突入すると、サルマタイ人は両陣営に傭兵として雇われたそうです。元来が農耕民族で騎兵戦力に不安のあるローマ側は納得できるのですが、もともと中央アジア発祥のイラン系遊牧民族であったパルティアですらサルマタイ騎兵を頼りにしたという事は、それだけサルマタイ人騎兵が精強だったからでしょう。

 サルマタイ人も遊牧民族ですから国境を接するローマ領の属州ダキア(現在のルーマニア)あたりで略奪をしていたのでしょうが、ローマ人たちは彼らに巨利を約束し傭兵として雇う事で軍事力とします。これはゲルマン人にも当てはまり、おかげでローマ軍の軍事力は上がりましたが、兵士が異民族だらけで安定しなくなります。傭兵は利益がある限り従いますが、その利益が無くなると簡単に裏切るからです。西ローマ帝国も最後はゲルマン人傭兵隊長オドアケルに476年滅ぼされました。

 さてローマ帝国が異民族を傭兵で雇う時は、部族単位でした。というのはその方が統治しやすいからです。ブリテン島に渡ったのはサルマタイ人の中でも有力部族であったアラン人だったと言われます。西ローマ帝国の滅亡は476年ですが、属州ブリタンニアはそれより早く407年には終焉を迎えます。というのも、もともとのブリテン島の住民でローマ帝国の支配を嫌ってアイルランドに逃れていたケルト人(フランスのガリア人と同族)と、スコットランド地方のピクト人の双方から侵略を受けていたからです。西ローマ帝国はブリタンニアに総督を派遣しなくなり、植民市の住民たちは自分たちで防衛しなければならなくなります。ブリテン島の住民でローマの支配に服していたケルト人部族たちも部族制を復活させ各地に部族国家が誕生しました。

 これがアーサー王登場前のブリテン島の状況です。アーサー王は5世紀後半から6世紀初めころの人だと言われます。ですからケルト人(ブリトン人)部族の長だったか、あるいは植民市の指導者で各地に残ったローマ勢力を糾合したローマ人か、あるいは傭兵としてブリテン島に渡りそのまま土着したアラン人の首長のどれかがアーサー王のモデルだと思います。

 ここで軍事力を考察した場合、一番弱いのはローマ人植民市の民兵、次がケルト人部族兵で一番精強なのは遊牧民族のアラン人だと思います。後のモンゴル帝国でも分かる通り、遊牧民族の騎兵は少数精鋭で農耕民族の歩兵(ローマ人もケルト人も主力は歩兵)がいかに多数でも太刀打ちできません。ですから可能性としてはアラン人首長説が個人的に一番納得できます。12人の円卓の騎士というのはアラン人部隊の部隊長たちだったのかもしれません。円卓の騎士という概念も平等を尊ぶ遊牧民的なにおいがします。短期間でブリテン島を統一できたという事は軍事的に優越していなければ難しいと考えます。そしてその統治が長く続かず再び群雄割拠に戻ったというのもいかにも遊牧民族らしい。

 

 こればかりは決定的な資料がなくあくまでも個人的な想像ですが、当時のことをいろいろ想像すると楽しくなりますね♪

 

 

2020年11月20日 (金)

アーサー王終焉の地アヴァロンはグランストンベリーか?

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 アーサー王は5世紀末から6世紀初頭ブリトン人(ケルト人)を率いて侵略者アングル人、サクソン人、ジュート人などのゲルマン系諸族と戦ったとされ一応実在したと言われます。

 アーサー王の出自には様々な説があります。ブリトン人の王子説、アルトリウスという西ローマ帝国軍の指揮官で、帝国滅亡後自立しブリテンで王となったという説、西ローマ帝国の傭兵でブリテン島に土着したイラン系遊牧民の首長説など。アーサー王物語にも様々なバリエーションがあるのですが、ここでは私が理解している一番ドラマチックなものを紹介しましょう。

 

 『ブリトン人の王ユーサー・ペンドラゴンの王子として生まれたアーサー。ペンドラゴン王は悪人どもの陰謀で暗殺され生まれたての王子アーサーは忠臣に守られ城を脱出、民間で育てられます。成長したアーサーは「この剣を抜く者はブリテンの王となるだろう」と書かれていた岩に刺さった剣を引き抜き見事王となりました。

 魔法使いマーリンの助けを得たアーサーは、湖の乙女に与えられた神剣エクスカリバーを手に入れ12人の円卓の騎士とともにブリテン島の統一戦争に乗り出します。ただアーサーの留守中本拠キャメロット城で妻ギネヴィアは、円卓の騎士の一人でキャメロットの留守を守っていたランスロットと道ならぬ恋に陥りました。アーサー王の従兄弟でもある湖の騎士ランスロットとの間に不義の子モルドレッドを生んだギネヴィア。

 いつしか不倫は発覚、ランスロットは追放されアーサーとの間に戦争となりました。悪妻ギネヴィアはアーサー王の怒りを買い火刑に処せられる瞬間ランスロットにより救出されました。ただアーサーはモルドレッドが実子だと信じていたようで、彼をキャメロット城に残しフランスに逃げたランスロット一味と戦争するため軍を率い渡仏します。長引くフランス遠征。成長したモルドレッドは自分がアーサー王の実子ではなく母と謀反人ランスロットとの間の不義の子だという事実を知りました。

 衝撃を受けたモルドレッドですが、結局アーサー王に背く道を選びます。モルドレッド謀反の報告を受けたアーサー王は、急ぎブリテン島に戻りモルドレッドと最終決戦カムランの戦いが起こりました。激戦の末モルドレッドとの一騎打ちに勝利し槍で討ち取るも、アーサー王自身も深手を負います。

 死期を悟ったアーサー王は、湖の乙女に神剣エクスカリバーを返し常春の島アヴァロンに渡りました。その後アーサー王はアヴァロンの地で亡くなったともアヴァロンで生き続け今でもブリテン島の人々を見守り国家が危機に陥った時には再び立ち上がるだろうとも言われます。』

 

 これがアーサー王伝説ですが、モルドレッドの出自についても様々説がありバリエーションも豊富でこれがメインストーリーだとは言えません。時代が下って12世紀末。イングランド南西部サマセット地方グランストンベリーの丘頂上でグランストンベリー修道院長がアーサー王とギネヴィア王妃(伝説と矛盾しますが…)の棺を偶然発見、改めて修道院に埋葬しました。

 サマセット地方は沼沢が多く、アーサー王の棺が見つかったグランストンベリー・トアという標高145mの丘は、当時湿地に浮かぶ島のようになっていたと言われます。伝説の常春の島アヴァロンはグランストンベリー・トアではないかという説が有力になりました。ただ異説もありはっきりしません。

 私の個人的考察ですが、アーサー王伝説はともかくアーサー王に仮託される当時のブリテンの王がこの地に埋葬されたのではないかと考えます。ですから王が不義を犯した妻ギネヴィアと一緒に埋葬されたとしてもおかしくないし、そもそもギネヴィアは不倫などしていなかったという事になります。12人の円卓の騎士自体があくまで伝説ですからね。

 最近ではアーサー王=ローマ帝国の指揮官アルトリウス説が有力だそうですが、ブリトン人の土着の王とした方が今のイングランドの人たちにも一番納得がいくと思います。ロマンが色々溢れる話ですが、皆さんはどのような感想を持たれましたか?

2020年11月18日 (水)

たまにまともなこと言う奴が出てくるから困る。韓国は反日して滅びてほしい。

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【韓国】竹槍と義兵、「ポピュリズム」の限界…反日という集団催眠に陥った韓国、国益に目を向けよ

 

 韓国ではまともなことを言う者はごく少数派。政府や国民も含めた大きな反日の流れの中で圧殺されて消える運命であるのは間違いないんでしょうが、これで反日にブレーキがかかるのは困ります。戦後日本は韓国に散々嫌がらせを受けてきました。捏造慰安婦然り、歴史認識然り。竹島に至っては勝手に李承晩ラインを引き日本の漁民を不当逮捕しそれを人質として日韓基本条約を結ばせるという暴挙までしでかしました。竹島は不法占拠されたまま未だ返ってきていません。

 冷戦期は反共の防波堤として韓国の我儘にもある程度付き合う必要はあったのかもしれませんが、今や韓国そのものが北朝鮮の傀儡と化し反共の防波堤は対馬になりました。もう日韓関係は後戻りできない状況になったと思います。普段は大人しい日本国民が怒っていますからね。韓国が突然これまでの無礼を謝罪し反日分子を処分し賠償をするというなら話は別ですが、まったく可能性はゼロな以上これ以上の付き合いはできません。いくら日韓間で合意しても条約を結んでも韓国側の一方的な都合だけで簡単に反故にするんですからまともな近代国家ではない。

 おそらく韓国は紀元前の土人国家並み。嘘を国家ぐるみで平気でつけるんですから紀元前の土人国家にも失礼。こんな国、民族は北朝鮮やシナ以外歴史的に存在しないでしょう。まさに特亜は世界の敵、いや人類の敵です。

 韓国をここまで増長させてきたのは日本政府の責任でもあります。いくら反共の砦でも、理不尽な事にはノーと言わなければ相手がどんどんつけあがるのは当然です。韓国は日本が最終的に折れると舐めているから、国際的には通用しない無理筋でも日本には平気で要求できるんです。おそらく戦後アメリカが押し付けた占領憲法のせいで日本は骨抜きになったのでしょう。戦前の日本なら有り得ない。竹島問題も戦前なら連合艦隊が出動して終わり。というかその前に日本領土を土人国家が奪おうなどとは思わないでしょう。日本に喧嘩を売ったら滅ぼされかねないとさすがの馬鹿でも理解できるでしょうから。

 日本が憲法9条を変え自衛隊を国防軍にしたら韓国も態度を変えると思いますよ。話し合いで通用しないなら力で分からせるしかない。それには我々国民の覚醒も必要です。韓国の無礼な態度は決して他人事ではありません。日本人の平和ボケ、事なかれ主義が韓国を増長させたのです。日韓関係の未来のためにも毅然たる態度を貫き、理不尽には厳しい制裁で対応すべきです。その結果韓国が滅びようと自業自得。日本がまともな国になってはじめて北朝鮮拉致問題も進展し、シナの尖閣侵略も防げ、北方領土問題もロシアがまともに対応すると思いますよ。いざとなったら日本は力で対応するという姿を見せる必要があります。民主主義国家では国民のレベル以上の政治家は生まれません。

 その意味では日本のあらゆる問題は国民の覚醒次第だと私は思います。

2020年11月16日 (月)

ナゴルノカラバフ戦争はアゼルバイジャン軍の勝利に終わったようですね

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ナゴルノ紛争は現代戦闘の見本市…ドローン戦術を駆使し、アルメニア防空網を早期に無力化!

 


 世界の大きなニュースに隠れて日本では全くと言ってよいほど報じられていませんが、黒海とカスピ海に挟まれたコーカサス地方のアルメニアとアゼルバイジャンが戦ったナゴルノカラバフ戦争はどうやらアゼルバイジャン側が勝ったようです。というのもイランが中立を守り、アルメニアを後援するロシアもアゼルバイジャンとイスラム教の同胞であるカザフスタンなどの中央アジア、スタン諸国を敵に回したくないためアルメニア本土への攻撃は防ぐが占領地であるナゴルノカラバフ地方への支援はしなかったというのが敗北の大きな要因でしょう。

 アゼルバイジャン側はアルメニアに不法に奪われたナゴルノカラバフ地方を取り戻すという大義名分がある程度世界に浸透したのも大きかったのでしょう。この日のためにトルコなどから無人機を大量に導入しアルメニア軍の装甲車両や対空ミサイルを破壊、無力化し戦闘を有利に進めました。しかもナゴルノカラバフ地方への侵攻よりもアルメニア本土とナゴルノカラバフ地方を結ぶ重要な補給路であるラチン回廊奪回を最優先し、南側から回り込んでイランからアルメニアに至る地域を占領したことで勝負ありました。

 確認はされていませんが、トルコがこの戦争に露骨に介入しアゼルバイジャンに空軍や特殊部隊を送り込んでいたそうです。一方アルメニアに駐屯するロシア軍は、紛争拡大を避けるためにアルメニア本土の防衛に徹し戦場であるナゴルノカラバフ地区へは干渉しませんでした。地図を見てラチン回廊を確認したんですが、ナゴルノカラバフの独立勢力が首都と定めるステパナケルトを眼下に望むシュシャまでアゼルバイジャン軍が占領したので停戦交渉に応じるしかなかったのでしょう。

 この戦争は殆ど情報がなく、私も航空万能論さんのブログしか頼れない情けない状況でした。海外報道は外国語が読めないし聞き取れませんからね。停戦交渉の結果ナゴルノカラバフのアルメニア勢力は残ることになったそうですが、アゼルバイジャンがこれまでアルメニアに奪われていたナゴルノカラバフ地方からイラン国境に至る南部地域を取り戻し、ラチン回廊をいつでも攻撃できる態勢になったことでアルメニアの攻勢は難しくなりました。

 日本も無人機の利用、その防ぎ方など大きな教訓を得たと思います。日本政府、防衛省は本気で今回のナゴルノカラバフ戦争の戦訓を調査しているかどうか非常に疑問です。シナに大量のドローンで飽和攻撃されたら日本の防衛体制は瞬時に崩壊しますよ。平和ボケはいい加減にしないと国民の命は簡単に失われます。流石に防衛省は研究していると信じたいですが、菅政権は岸防衛大臣以外に防衛に理解があるまともな人材が居なさそうなので憂慮しています。

 ともかく私も今回のナゴルノカラバフ戦争の詳しい情報を知りたいです。

2020年11月12日 (木)

アメリカ大統領選、もう何が何だか分からない

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【速報】アメリカメディア「バイデンに当確打ったけどちょっと無しにするわ。何かヤバいことになってる」

 

 日本をはじめ世界はバイデン大統領で動き出していますが、当のアメリカ自体大変なことになっているみたいですね。メディアはトランプが嫌いだからいつまでも敗北宣言しない彼に「往生際が悪い」とか「卑怯だ」などと非難し続けてます。一方、ネットでは投票用紙にGPSが仕組まれていたとか調べた結果死人が投票していたなどとバイデン陣営側の不正がどんどん暴かれています。

 正直、日本の拉致被害者家族に対する態度を見てもバイデンは駄目でトランプを信頼します。有名な話ですが拉致家族に対面した時、オバマとバイデンは日本の担当者が「高齢ですから着席したままの挨拶を許してほしい」と頼んだにもかかわらず大統領の威厳が損なわれるという愚にもつかない理由で拒否、そればかりか拉致家族の椅子を撤去するという暴挙を犯しました。一方、トランプは同じようなお願いに対し「当たり前だ」と着席したままの挨拶を認め、さらに日本担当者の「膝付き合わせて…」という言葉を真に受け(どのように通訳されたか不明ですが)自分の椅子を拉致家族側の椅子に近づけさせたというエピソードがあります。この一点だけでも私はトランプが好きです。どちらに人間性があるか一目瞭然でしょう。

 トランプさんは歴代アメリカ大統領で初めて日本の拉致問題に真剣に取り組んでくれた恩人です。しかも日米同盟を一番深化させ安倍前総理の提唱したクアッド同盟構想にも賛同し世界を動かしてくれました。バイデンが大統領になったらどうなるか暗澹たる気持ちしかありません。

 アメリカは反トランプのためにシナとも手を結ぶ売国奴ばかりですから最終的にどうなるか分かりません。裁判所も工作員だらけの可能性があります。トランプ陣営がバイデン側の不正をいくら証拠付きで訴えても負けるかもしれません。今回の大統領選挙、トランプ側は正義、バイデン側は悪とはっきりしました。悪が勝てば民主主義は敗北し世界秩序も崩壊します。心情的にはアメリカのためにも世界のためにもトランプさんに勝って欲しい。

 ただ現実が厳しいのは理解しています。米大統領選の結果がどうなるか、下手したら日本の未来もそれで決まると思います。ですから注意深く見守っています。皆さんの感想をお聞かせください。

2020年11月11日 (水)

韓国よ、今度こそ徴用工判決で差し押さえた日本企業の資産を売却してくれるんだろうな?

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三菱重工の韓国内資産売却 公示送達の効力が10日午前0時に発生 挺身隊訴訟

 アメリカ大統領選の陰に隠れすっかり忘れている人も多いでしょうが、自称徴用工判決で差し押さえられた三菱重工の資産売却が11月10日で可能になったそうです。実は今まで何回も売却の機会はありました。ところがもし売却すると日本も報復すると宣言したためビビって韓国側はいろいろ言い訳を並べ売却してきませんでした。今回はさすがに韓国政府が裏工作していたのがばれ韓国国民も激高しているため資産売却が実行されるのではと期待しています。

 日本としては迷惑な隣人である韓国と一刻も早く関係を断ちたいんです。実際新型コロナで事実上断交に近い状況だったにもかかわらず日本は何も困っていません。しかも嬉しいことにもし資産売却されると日韓基本条約、日韓請求権協定を韓国側が一方的に破棄したと見做され、在日朝鮮人の特別永住許可も取り消されます。完全にこうなるとは限りませんが、うまくいけば日本から在を全員強制送還できる♪

 本来なら韓国側が在韓日本企業の資産を差し押さえた時点で報復すべきでした。この点日本政府もヘタレだと思いますね。トランプ続投なら良いですが、もしバイデン大統領になったら日本に譲歩を迫る危険性が高いため米大統領が正式に決まるまでに韓国との関係を断ちたいんです。事実上の断交となったらいかにアメリカでもどうしようもないでしょう。菅政権は外交に関して不安しかないために、韓国側から一方的に関係を断ってくれることを期待します。その際菅政権はきちんと報復しないと駄目ですよ。支払い信用状の発行禁止、日本からの送金禁止、特別永住許可の取り消しくらいはやってもらわないと困る。

 ともかく、今度こそはヘタレずに韓国側も資産売却して欲しいですね。やるやる詐欺はうんざりです。日本を巡る安全保障環境はますます厳しくなります。ですから韓国のような『敵に回すと頼もしい国、味方にすると恐ろしい国』はさっさとレッドチームに追いやるに限る。

 皆さんは韓国の本気度、どのように見られますか?

2020年11月 9日 (月)

麒麟がくる、昨日の金ケ崎の退き陣はちょっと…

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【麒麟がくる】怒りにもだえる信長 悔し涙に40秒の「咆哮」… 染谷将太の演技が「すさまじい」

 近年にない面白い大河ドラマ麒麟がくる、ようやく金ケ崎の退き陣まできました。色々おかしなところは多いですが、最近の糞大河のように歴史を冒涜するほどの酷さはなく概ね我慢できる範囲です。

 金ケ崎の退き陣、あるいは金ケ崎の退き口というのは1570年織田信長が越前の朝倉義景を攻めた時妹婿の北近江浅井長政が裏切って挟み撃ちにされそうになり信長が撤退した戦いです。戦国大河では名場面の一つで木下藤吉郎秀吉が殿をつとめ主君信長の脱出を助け大出世の糸口となりました。家康が主人公の場合は家康が助け、他の人物(前田利家とか)の時は、その人物が助けようとしたりしなかったりで様々ですが主役が秀吉であるというのは共通事項でした。

 ところが今回の麒麟がくるでは光秀が主役で秀吉の活躍は全く描かれませんでした。利家とまつではそれまで秀吉と対立していたライバルの佐々成政が秀吉の悲壮な覚悟にうたれ鉄砲隊で助けるという感動の名場面がありました。今回光秀主人公なので秀吉が描かれないのは仕方ないのでしょうが、その前の大前提として今回のドラマでは光秀は信長に仕えておらず客将として参加していたはず。なのに客将の光秀に殿を任せますかね?脚本の矛盾が露呈しましたよ。例年の大河では光秀は既に織田に仕えているか織田と幕府に両属のはず。今後どのようにドラマが展開するか不安になりました。

 合戦シーンもほとんどなく、予算が無いのかね?と思いました。NHKの職員は平均1000万も給料もらっているそうですからこれを600万に減らして大河の制作費に充てるべきだと思いましたね。それぐらいしょぼかったです。それに浅井長政もお市の方も描かれ方が雑。美人女優が演じるはずのお市の方、なんだかなあの人でしたな。決してブスではないが美人でもない。まあ光秀主人公で関係ないので別に構わないんですがね(苦笑)。

 この分じゃ姉川の合戦もまともに描かれることはないでしょうな。朝倉も浅井もあっさり描写ですからね。比叡山焼き討ちもナレで終わりそう。信長の狂気と恐ろしさを描く名場面の一つなんですがね。比叡山と言えば黄金の日々の高橋幸治信長は歴代大河で一番怖かった。正論を吐く光秀を一喝し「穏便に~」となだめる秀吉すら殺しかねない鋭い眼光、あれは夢に出ますよ。黄金の日々では信長の命令を忠実に実行し比叡山の僧俗を冷酷に皆殺しにする光秀(綺麗事は何だったんだ!)、信長の命令は尊重するも非情になれきれず女子供を秘かに逃がす緒形拳秀吉が良かった。

 もし麒麟がくるで比叡山焼き討ちがあっても秀吉と光秀の描写は逆になりそうですね。今回の佐々木蔵之介秀吉はあまり好感持てない描かれ方です。蔵之介は風林火山の真田幸隆が一番のはまり役かも?

 色々細かい不満は多いですが、麒麟がくるは近年にない面白さなので最後まで完走したいと思います。

2020年11月 6日 (金)

事実を指摘したら制裁ってツイッターは本当に腐っているね

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米大統領選挙の不正疑惑に言及した日本人アカウントがTwitter社から制裁処分を受けたと判明

 

 アメリカ大統領選、最初優勢だったトランプ大統領ですが激戦区で次々とバイデン側が急に票を伸ばし逆転、一気に窮地に立ちました。それは選挙ですから別に良いんですがその州の人口、投票率に対し異常ともいえる票の伸び、統計上あり得ないことに対し渡邉さんも門田さんも疑問を呈しただけだと思いますよ。

 グラフを見てもバイデン票だけ急激に伸びているのをみてネットでは昇龍拳だと揶揄ししています。私も疑問に思っているんですが、バイデン側は世界中が納得できる合理的説明をすべきじゃないんですか?ところが連中がやっているのは言論弾圧。腐っていますね。これじゃ不正をしていると自ら暴露しているのと同然だと思いますよ。

 このままではバイデンが勝つでしょう。日本も難しい立場に立つと思います。バイデンはオバマ政権時代日韓慰安婦合意をごり押しした元凶だと言われています。このままではまた日本に対し韓国に一方的に譲歩しろと異常な圧力をかけてくるかもしれません。その時菅政権はこれを毅然として撥ね退けられるのか?もし妥協したら日本は永遠に韓国にたかられ続けますよ。

 バイデンがどんな圧力をかけてきても、日本が譲歩したら日韓基本条約、日韓請求権協定が壊れ日韓関係は決定的に決裂すると言うべきです。逆にバイデンに「貴方がごり押しした日韓慰安婦合意すら韓国は一方的に反故にした。それでも日本に譲歩しろと迫るなら日米同盟すら考えざるを得ない」くらいは言うべきでしょう。

 トランプ再選ならこれまでの路線を継続するだけで良かったのがバイデンになったらあらゆるものが変わります。しかも日本に不利な状況に!クアッド同盟構想すらどうなるか分からない。こんな時こそ、日本の未来を見据え戦略的に動くべきだと思います。流石のバイデンも米議会は共和党民主党関係なくシナに厳しいですから露骨なシナとの融和はしないでしょうが、クアッド構想など根幹を骨抜きにする危険性は高い。

 あくまで私見ですが、日本はオーストラリアやインドとの連携を深めアメリカがどうしようと動かない強固な態勢を築くべきです。加えてイギリスを引き込んでも良い。アメリカではなくイギリスを加えた変則クアッド同盟でも良いとすら思います。そうすればアメリカも態度を決めざるを得ない。そういう観点から見てもオーストラリアの仮想敵国であるインドネシアへの護衛艦売却はマイナスにしかならないと思うんですよ。

 危機は危機として、最悪の事態の場合どう動くべきか決めておくのが安全保障です。はたして菅政権はどう動くか?その選択次第で日本の未来は決まると思います。こんな時安倍政権だったら外交防衛政策で間違わないという安心はあったんですが、菅総理の手腕には不安しかありません。

 ツイッターをはじめとする反トランプはアメリカのみならず世界を滅ぼす危険な動きだと思います。皆さんはどのような感想を抱かれましたか?

2020年11月 4日 (水)

防衛装備品の輸出は大歓迎だがインドネシアは止めとけ

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【軍事/30FFM】日本政府、護衛艦の輸出計画 インドネシアに、中国けん制も

 


 どうせ実現しないとは思いますが、インドネシアにもし護衛艦を輸出したら南太平洋の軍事バランスが壊れますよ。クアッド同盟構想も頓挫します。というのもオーストラリアの潜在的敵国がインドネシアだからです。オーストラリア空軍が余り機動性が高いとは言えないF-111を運用していたのは、その長大な航続力(4700㎞)と11トンという搭載能力からですよ。インドネシアはオーストラリアの仮想敵です。

 人口2億6千万人という世界最大のイスラム国家であるインドネシアを明らかに敵側に追いやるのは戦略的によくありません。が、あまりにもインドネシアを強くしすぎるとクアッド同盟の重要な構成国であるオーストラリアの作戦行動を阻害することになる。日本がインドネシアに護衛艦を売ったらオーストラリアも怒るでしょう。

 売るとしても30FFMか?兵装システムは何処の国の物にする気でしょうかね?アメリカは絶対認めませんよ。これでシナ製兵装システム搭載されたら目も当てられません。売らない方が良かったとなりかねない。インドネシアは残念ながらそこまで信用できる国ではない。高速鉄道で痛い目に遭ったのをもう忘れたのか?(呆)

 このニュース飛ばしの可能性が高いとは個人的に思います。インドネシアに売るくらいならベトナムに売った方がはるかにまし。万が一、インドネシアに護衛艦輸出が成功したとしたらオーストラリアは破格の条件でそうりゅう型の輸出と技術移転を求めてきますよ。日本政府は断り切れないでしょう。オーストラリアに技術移転し現地生産を求めるでしょうね。そうなると門外不出の日本の潜水艦技術が流出することになる。日本が売れるのは完成品の潜水艦のみ。

 インドネシアとの付き合い方は難しいと思いますよ。明らかにレッドチームに追いやるのは愚策ですが、必要以上に優遇もできません。レッドチームに入らず中立を保ってくれればベストというバランスが大事です。菅総理が最初の外遊にインドネシアを選んだ時嫌な予感はしていたんですが、日本の外交戦略はクアッド構想を最優先とすべきです。

 皆さんはこのニュース、どのように思われますか?

2020年11月 1日 (日)

伊予西園寺氏

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 マイナーな日本史記事が続きまして申し訳ございません。いつものごとく興味のない方はスルーお願いします。

 

 実は前々から気になっていた事でして、伊予の戦国大名西園寺氏って堂上貴族清華家(五摂家に次ぐ家格、極官太政大臣)の西園寺家の一族ではないかと思い今回調べてみるとその通りでした。

 鎌倉時代末期、内大臣西園寺実衡の庶子公良(きんよし)が所領のある伊予国宇和庄に下向し武士団化したのが始まりだそうです。もともと宇和庄は橘家の所領だったと言われます。ところが平安末期から鎌倉時代初期の太政大臣西園寺公経(きんつね、西園寺家の実質的な祖)が幕府に運動し強引に奪ったのが始まりでした。宇和庄は宇和郡の大部分を占めるのでしょう。このあたり愛媛県の郷土史に詳しくないのでご存知の方はご一報ください。

 現在の愛媛県にあたる伊予国は太閤検地で37万石ある大国です。律令での区分は上国にあたり四国随一の豊かな国でした。他の讃岐、阿波は20万石前後、土佐に至っては10万石弱です。江戸期に土佐を支配した山内家が22万石と称したのは無理に無理を重ねた結果で、厳しく検地し幕府が大名の格式や軍役を定めた表高と実質的な収穫高である実高の差は殆どなかったと言われます。余談ついでに言うと、土佐藩山内家は22万石の格式を守るために領民を苛斂誅求しその不満を土佐郷士が爆発させ維新に繋がったのでしょう。

 実は宇和郡だけで土佐一国に相当する10万石あります。江戸期伊達政宗の庶長子伊達秀宗がこの地に入部した時も10万石でした。伊予と言えば水軍で有名な河野氏がいますが、他に大洲城を中心に喜多郡に勢力を張った伊予宇都宮氏などがいます。豊かで統一勢力がない国は戦国時代周辺大名の草刈り場になりがちですが、伊予国も例外ではなく中国の毛利氏、土佐の長宗我部氏の侵略を受けました。

 隣国土佐にも中村御所一条氏がいましたが、公家出身の大名というのはおっとりしていたのか我が物顔で所領を奪う戦国大名にはなりにくかったのでしょう。伊予西園寺氏最後の当主公広(きんひろ 1537年~1588年)は、家督を継ぐと1568年河野氏、中国の毛利氏と結んで伊予宇都宮氏、土佐一条氏、津野氏らと鳥坂峠の戦いで勝利するなど活躍しますが、1572年逆に一条兼定を攻めた時には兼定と姻戚関係にある豊後の大友宗麟に攻められ大敗しています。そして1584年長宗我部元親の侵攻を受け降伏しました。さらに翌1585年には豊臣秀吉の四国征伐で小早川隆景に攻められ降伏しています。

 踏んだり蹴ったりの伊予西園寺氏ですが、不幸はまだまだ続きます。秀吉の四国仕置きで所領を没収、伊予の支配者となった小早川隆景に従いました。その後秀吉の家臣戸田勝隆が宇和郡7万石の領主として入部します。勝隆は武断政治で臨み西園寺公広と家臣たちに住んでいる城からの退去を要求、公広は九島の願成寺に隠居しました。

 勝隆の武断政治は領民の反発を受け旧西園寺家臣を中心とした大規模な一揆が起きます。鎮圧に苦慮する勝隆は、公広が背後で操っていると邪推し、「毛利氏の斡旋で公広に本領安堵の朱印状が出た」と嘘をついて公広を自邸に招きました。公広も罠だと知りつつ、逆らってもいずれ殺されると覚悟します。公広自身は一揆とは無関係だったとされますが、饗宴中に戸田家の刺客に襲われ包囲され自刃します。同行していた公広の家臣50名も壮絶な斬り死にしたそうです。

 とばっちりを受けたのは、同じく伊予の旧領主であった伊予宇都宮氏の一族で、戸田勝隆は伊予西園寺氏、伊予宇都宮氏という旧勢力をことごとく滅ぼしたことになります。

 似たような話は伊予宇都宮氏と同族の豊前宇都宮氏(城井氏)にもあります。こちらは黒田如水、長政親子に謀殺されました。おそらく全国で豊臣大名による旧支配層の粛清が行われたのでしょう。戦国時代を生き残るのは本当に難しいと実感します。

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