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2021年2月23日 (火)

勅使饗応役と赤穂事件

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 前記事で佐賀藩の支藩である小城藩、蓮池藩、鹿島藩が次々と江戸幕府から勅使饗応役に任ぜられ支藩の石高も本藩である佐賀藩の内高に含まれていたため、ただでさえ窮乏していた藩財政が負担激増で破綻寸前になったと書きました。勅使饗応役といえば有名な赤穂事件、浅野内匠頭が饗応の指南役である高家肝煎吉良上野介に賄賂を贈らなかったため苛め抜かれついに刃傷沙汰になったことを思い出しました。

 江戸幕府は、天皇の使者である勅使をもてなすため4万石から7万石程度の外様大名に饗応役を命じたそうです。一方院使饗応役というのもありこちらは1万石から3万石程度の陣屋(城を持たない)の外様大名を任命しました。前記事の元ネタの『佐賀県の歴史』(山川出版)では勅使接待役と書かれていましたが、蓮池藩(5万石)、小城藩(7万石)はともかく、2万5千石の鹿島藩はもしかしたら院使饗応役の方だったかもしれません。

 では勅使饗応にどれだけの費用が掛かったかですが、有名どころの播州赤穂藩の例だと、直接の費用だけで1200両もかかっています。実は事件の起こった勅使饗応役に赤穂藩が任ぜられたのは二回目で、前回700両で済んだのでこれくらいだろうと思っていたところ、指南役の高家肝煎吉良上野介から物価上昇で1200両要ると言われてキレたのも原因の一つだと言われています。これに加えて饗応役の大名家は指南役に指導料として400両という大金を贈るのが通例でした。しかし質実剛健の浅野内匠頭は、お礼に鰹節二本程度の質素な贈り物で済ませたため、常識がない田舎大名という事で吉良に嫌われたという話もあります。さすがに鰹節二本という事はないと思いますが、浅野内匠頭からしたら賄賂、吉良上野介からしたら饗応役として恥をかかないように教えてやった謝礼という認識の違いはあったのかもしれませんね。

 勅使饗応役は徳川家の体面を保つためにそれ相応のレベルの接待をしなければならなかったため、完全持ち出しの外様大名にとっては迷惑この上なかっただろうと同情します。これも幕府の外様大名統制策の一つだったのでしょうが、自分のことなので費用くらいは饗応役の大名に援助してやっても良かったと個人的には思います。最終的に恥をかくのは幕府であり徳川将軍家なんですから。

 そして財政的負担がなかったら赤穂事件も起こらなかったと思えば、将軍家と江戸幕府の罪は重い。謀反の恐れがあるから20万石以上の外様雄藩の経済力を削ぐのは良いとしても、7万石以下の弱小大名をいじめても何の得にもならないと思いますがね。逆に将軍家に対する忠誠心が薄れるかもしれませんよ。

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