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2022年2月20日 (日)

佐々木氏の本貫の地佐々木庄はどこにあったか?

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 近江源氏佐々木氏。宇多天皇の玄孫源成頼が近江国佐々木庄に下向したことから始まる一族ですが、鎌倉中期以降、嫡流で近江守護になった六角氏、北近江と出雲、隠岐、飛騨の守護となった京極氏に分かれます。

 

 京極氏は室町幕府の侍所頭人になれる家柄四職家(京極、山名、赤松、一色)だったので、こちらの方が優遇されているように見えますが、実は経済的には嫡流六角氏と大差がついていました。戦国末期から江戸初期の石高で言うと六角氏の支配領域南近江は50万石強。一方京極氏の北近江は20万石弱しかありません。この差は、石高は後世より低いとはいえおそらく鎌倉時代から変わらなかったはずですから室町幕府で名誉を得た京極氏、実利を得た六角氏と言えるでしょう。

 

 京極氏は南北朝期の佐々木道誉(高氏)が有名ですが、その後は鳴かず飛ばず、守護になった飛騨には浸透できず、出雲は守護代尼子氏に乗っ取られました。一応飛騨国司姉小路家を乗っ取った飛騨三木氏は佐々木氏流とも言われますが、出自がはっきりと分からないため何とも言えません。それに比べると六角氏は高頼の時代室町幕府九代将軍足利義尚の追討軍を破るほどの実力を持ち、その後の戦国時代も京の将軍継承争いに介入するほどでした。

 

 では、佐々木氏発祥の地佐々木庄はどこだったか気になって調べてみました。どうも近江国蒲生郡佐々木(滋賀県近江八幡市安土町)当たりが本拠地だったみたいですね。地図で見ると有名な織田信長の安土城の近く、六角氏の居城観音寺城もすぐ近くです。六角氏が南近江一円を支配したのは室町時代以降でしょうが、近江平野の中心地を支配していたとなるとその後の富強は約束されていたようなものだったでしょう。

 

 六角氏が近江源氏の嫡流というのも納得できますね。それに比べると京極氏の北近江はあまり石高が高くなく、応仁の乱後は没落し守護代浅井氏の客分にまで落ちぶれるのですから哀れを誘います。ただ、京極高次の時代に大逆転し豊臣大名から江戸大名に転身し讃岐丸亀6万石で幕末まで続くんですから世の中どうなるか分かりませんね。

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