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2023年1月31日 (火)

古代の農業生産力

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 最近、ネットの世界史動画を見ていて縄文時代の日本は意外と豊かだったという話を聞きました。確かに日本は温暖で海の幸山の幸も豊富だったというのは理解できます。それに加えて実は稲作は縄文時代末期から始まったと知ってさもありなんと思いました。

 過去記事『中世ヨーロッパ最終章 中世の終わりに』でも触れましたが、日本は奈良時代で米の収穫倍率20倍だったそうです。収穫倍率というのは一粒の種籾からどれだけの米がとれるかの倍率です。同時期のヨーロッパは、寒冷な気候という事もあり小麦の収穫倍率は3倍から4倍の間。単純計算で日本はヨーロッパの5倍の人口を養うことが出来たと言えます。

 では世界ではどうだったのか気になって調べてみました。古代シナの場合、これは漢代の数字ですが主食の粟をみると上農地で粟の収穫倍率5.26倍、中農地で3.92倍、下農地で2.8倍だったそうです。平均すると4倍くらいでしょうか。古代ローマ時代の小麦の収穫倍率は最低4倍、多いところで10倍という数字が出てます。ただ、ローマの領土は広大で北はライン川、現在のルーマニア辺りから南は北アフリカ、西はイベリア半島、東はメソポタミアまでですから、当然地域差はあると思います。

 シナ大陸の場合も、淮河以南の稲作地帯は生産力が高かったはずで日本並みの20倍とはいかなくとも最低でも10倍か、あるいは15倍くらいはあったかもしれません。気候条件が良いところ(長江下流域から浙江省あたりか?)なら収穫倍率20倍かそれ以上あってもおかしくありません。

 古代のメソポタミア、シュメール時代の数値はちょっと信じられないんですが、大麦の収穫量が最低28倍、最高104倍で、平均76倍あったそうです。これは収穫倍率というより農地当たりの収穫量だそうで、二期作をやったら単純計算で倍になります。それはともかく、暖かい気候で灌漑が進んだ先進地帯なら農業生産力が高かったとは言えます。だから文明が発達し大人口を養えたんでしょうから。

 古代エジプトもプトレマイオス朝時代ですが、人口750万人いたそうですから驚きますね。エジプトはナイルの賜物と呼ばれ、実際ローマ帝国時代エジプトはローマの穀倉と呼ばれたほどでした。エジプトの小麦収穫倍率は10倍だったそうです。ローマ帝国が衰退したのはエジプトを異民族に奪われたからだという史家もいます。イタリア半島は温暖ですが意外と土地が痩せていて小麦生産力はそれほど高くなかったと言われます。これはギリシャにも共通していて所謂地中海性気候なのでしょう。オリーブなどの栽培には適していたようですが。

 日本の場合も縄文時代末期稲作が始まったばかりの時は陸稲だったはずで、その分収穫倍率は低かったと思います。調べても分からなかったんですが、私見では4倍くらいしかなかったと見ています。もしご存知の方がいればお教えください。その意味では水田耕作を発明した長江文明の担い手は凄かったんでしょうね。日本も水稲が普及してから人口が増え始めたのではないかと考えています。

 地域性があるとはいえ昔の日本人が小麦ではなく米を選んだから今の大人口を支えていたかと思うと感無量です。とはいえ日本の米生産量と耕地面積から見ると人口3000万人から4000万人くらいが適正だそうですが…。

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