バベルの塔は実在した?
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「砂の嵐に隠されたバビルの塔に住んでいる、超能力少年バビル2世 悪魔のヨミを倒すため三つのしもべに命令だヤッ!♪」
横山光輝原作の懐かしの某アニメじゃありませんが、バベルの塔と言えば旧約聖書創世記に記された伝説の塔です。『人類が塔をつくり神に挑戦しようとしたので、神は塔を崩した』という話ですが、考古学者の中にはバビロンのマルドゥク神殿にあったエテメンアンキのジグラット(聖塔)がモデルではないかという者もいます。
バベルの塔といえば、16世紀にオランダの画家ブリューゲルが描いた『バベルの塔』が有名ですが、エテメンアンキはそれとは似ても似つかない建造物です。絵画の円形の建物ではなく底辺91m×91mの方形。高さも91mで七層建ての高層建築でした。各層が七曜を表し、第一層が土星、二階が木星、三階火星、四階太陽、五階金星、六階水星、最上階の七階が月を象徴していました。太陰暦を採用していたメソポタミアでは月を神聖視していたそうです。
エテメンアンキは現地語で『天と地の基礎となる建物』という意味だそうですが、この地に最初の文明を築いたシュメール人が建設を開始したそうです。ところが何らかの理由で中断、紀元前7世紀オリエント世界を統一したカルディア人の王国新バビロニアのネブカドネザル2世(大王)が完成させました。
ネブカドネザル2世と言えば旧約聖書ではユダヤを征服しバビロン捕囚を行った人物として悪役に描かれていますが、バビロン捕囚時代にエテメンアンキを見たユダヤ人がバベルの塔のモデルにしたのではないかとも言われています。奴隷として酷使されるユダヤ人から見たらエテメンアンキは神をも恐れぬ冒涜の塔に見えたのでしょう。もしかしたらエテメンアンキの建設に動員されていたのかもしれませんね。
ちなみにユダヤ人のバビロン捕囚を終わらせ祖国に帰還を許したのは、新バビロニアを滅ぼしたアケメネス朝ペルシャの創始者キュロス2世ですが、ユダヤ人は彼をどう思っていたのか気になります。キュロス2世は、征服した地域で宗教寛容政策を取っていたようで、アケメネス朝時代ユダヤ人は一度も反乱を起こしていないそうです。それなりに感謝していたのかもしれませんね。
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